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2021年1月26日火曜日

ココナツ村のちいさな学校<続編> (第18期)

 <←前編はこちら>

前回、お伝えしたココナツ村で始まった小さな学校の子ども達のために、食事と文具を届けさせて頂きました。

「協力して欲しいから写真を送ったのではない!」と、現地のタンさんには、かなり拒否されたのですが(笑)、長~いおつきあいでそこは重々承知しております。

子ども達のためにさせて頂きたいという事を理解してもらい、お金を送らせてもらいました。その資金は、文具や衣類、毎日の食事代にして頂く事になりました。

子ども達は20人いて、お米は、3日で1俵なくなるそうで、村も大変な状態ですから相当大変だと思います。それでも何とかしないと村にも国にも将来がない、と頑張っている村のタンさん達を応援させてもらえて嬉しい限りです。

昨年、日本での研修にあんこ君と共に3ヶ月滞在していた"てちょう君(カウン・テッ・チョーという名前なので…)”も村にいますので、何とかお願いして写真も撮らせてもらえました!

てちょう君!!


前回の報告では、白ご飯だけでしたが、豆が入ったり!ちょっと色が付いた?ご飯や、焼きそばも!!!


てちょう君が書いてくれたのかな、「おはいようごさいます…」と「ありがとうごさいます」…、次はN4合格目指して頑張れ~~。

今は20人の子ども達が来て、朝ご飯を食べさせ、勉強をしているようです。タンさんはミャンマー人としてどう生きるべきか、そこが厳し~い方なので、そのお手本をしっかり背中でみせてくれている事だと思います。

都市閉鎖であっという間に15-20年前の状態に戻ってしまったようだという話を前回もお伝えしましたが、唯一異なるのは、こうして数日あれば何とかお金を送る事ができ、写真を撮ってデーターを送ってもらうことができるようになった事です。

かつては、日本に文章ひとつ、写真ひとつ送るのに、何日もかかりました。遠くの街に1軒、2軒、インターネット屋さんがあり、いわゆるネットカフェ…ですけれども(日本のそれとは大きく異なることは言うまでもないとは思いますが…)部屋に1台か2台のPCが置かれていて、賢そうな子があの手この手で送信してくれていたのを思い出します。

間に入る通訳の人もチンプンカンプンで苦労してましたが、今は毎晩のように現地にネット電話もでき、直接綿密に打ち合わせたり、やり方を教えたりしつつ、人とのつながりを強化することもできています。

今、海外送金はこれまでの銀行送金ではなく、Remitというサービスを使って簡単で早く安く送金ができ、相手が口座を持っている必要もない、という国際送金方法があります。
送る側と受け取る側の二国間間で、両替の必要もないんですね。(銀行送金はこれもあるため手数料が高い…)

今は銀行がRemitをやっているほど普及してます。昔の闇銀行?と同じ?仕組みだと思うのですが…。
ようは、こちらに送りたい人がいて、間に入る人”A”さんがお金を受け取り、実際に送ることなく、現地に住んでる"A”さんの仲間の"B"さんが相手にお金を渡してくれる、というようなものではないかと理解してます。

ミャンマーでは普通に昔から存在していたような"サービス"です(違法で捕まる!といいつつ内緒でやっている人はたくさんいました)。➡たぶん届もなく間で多少のお金を取るからだと思うのですが…、そういう正規の許可や税制も無いに等しかったですからね。

苦労しているところは、人と人のネットワーク・協力体制がすごいですね。人助けも人助けと思わずできるところが素晴らしい。時を経てそれが商用サービスとなって表れてくるのですが…。
色々規制や法律や税制を整え、誰かがコントロールする下でなければ通用しない世界と、そうでない世界…。
社会の仕組みに縛られて酷い!と言ったって、その社会の恩恵も受けながら便利な生活ができている事も事実。どちらも否定はできません。両方を兼ね備えた国が日本でありたいものです。

ココナツ村のようなミャンマーの昔ながらの村生活をおくる人々は、愚痴を言って社会のせいにして何もしない、という事はしません。
特に大人たちは、「近年の民主化によってグローバリズムがどんなものか、たった数年でも味わえた、得るものより失うものが大きい事が分かってよかった」、と口をそろえます。

…そう言うからには、何とかして次の子ども達のために頑張ろう、という想いが、この小さな学校に現れているのだろうと思っています。

2021年1月19日火曜日

ミャンマーからの留学生支援(第18期)

 

ミャンマーZ村のミンウーさん学校で2019年春から日本語を学びはじめ、3ヶ月の日本訪問研修を経て、引き続きミャンマー国内で勉強と仕事(Jimichi Myanmar)に励んでいた、Aung Ko Lat(通称:あんこ君=本名の発音がアゥンコーラッ)さんが、やっと来日を果たしました!

昨年11月より語学学校に通いはじめました。
あんこ君は、支援先のココナッツオイルの村出身。ミャンマーの大学に通いながらJimichi Myanmarの仕事をしつつ、日本での学習を目指して日本語研修に挑戦していました。

ここで少し、ミャンマーの教育事情についてご紹介しながら、あんこ君をご紹介したいと思います。

ネットなどで検索できるミャンマーの教育システムについて公開されている情報は「目指している方向」かもしれませんが、まだまだ移行期です。

ざっくり言えば、11年制だった義務教育+高等教育(日本の高校まで)を国際基準に合わせて?12年制にする改革中ですが、混乱も見られます。

近年、日本での学習や労働を目指す若者が増加しています。こうした背景がミャンマーの教育改革に影響があるかどうかは分かりませんが、例えば日本留学なら、日本の大学や専門学校の入学要件として、母国で12年の教育が求められます。就労の査証を取得するにも、学歴により得られるビザの種類が限られます。

例えば、一昨年、外国人労働者の受け入れに制定された就労ビザ。日本は学歴要件問わずとありますが、二国間協定ではミャンマー側の政策もあって、大卒か政府機関が認可した教育・人材紹介機関を通じなければ海外就労は許可しないという事情があります。










そのため、一部を除くほとんどの若者は要件を満たす事が難しく、高額な教育/人材紹介機関に頼らざるを得ないのが実情のようです。チャンスを求める多くの若者は、借金をしたり虚偽の書類を作成したり、悪徳な業者を介して安易に外国に出稼ぎに行き、不幸な道を歩んでしまうといった事が後を絶たないのです。

従って、わが国日本に次々にやってくるミャンマー人ひとり一人が抱える問題も目的も複雑です。強い意志と情熱を持って勉強し、日本の社会に貢献もしながら学び、目標とするものを得て母国に役立てるという志をもっている人(=我々がどうぞ来てくださいと言いたくなるような人)がどのくらいいるか、が疑問です。

教育の話に戻りますが、問題はそれだけではありません。
近年、ミャンマーの教育改革の一環として「遠隔地学習」の大学が地方にたくさん作られました。教育機会を与えられる精一杯なのかもしれませんが、その内容が問題です。

あんこ君はまさにそうした移行期の狭間で遠隔地学習の大学生でした。遠隔地学習は1年間授業はほとんどなく、昇級試験だけのための講座が数回開かれ、実際に大学に通うのは正味1カ月にも満たないのが実情です。

更にその講座の予習?先生が有料私塾を開設するなど、学生達も自分達がおかれた状況を理解できていません。あんこ君がそれに気づき、自分の人生に対する責任を取ろうと決めたのは、卒業を目の前に控えた頃でした。数か月先に講座を数日受けて試験を受けたら卒業…という。

私達が受け入れ、日本の学校に行く準備をするには時間を要し、タイミングもあります。今がチャンスという時しか受け入れはできません。その時期が、あんこ君にとっては二者択一となってしまいました。

あんこ君は幼少時に父親を亡くしており、お兄さんは家族があるので、実質あんこ君がお母さんと弟を支えてました。








遠隔で日本語学校の入試を受けるあんこ

そんな中でも、自分の人生を歩むようお母さんに促され、決断して日本で頑張る事をきめた矢先、コロナが蔓延。日本留学も延期になり、なんとかリモートで面接ができましたが、飛行機は飛ばずビザも取れない状況が半年続きました。

昨年、ほんの1,2か月間、ビザ発給と渡航が可能になり、逃さず申請しましたが、そこでお兄さんが急死してしまいました。
今、私達と日本で頑張っている2名のミャンマー人もそれぞれ非常に困難な背景がありましたが、このあんこ君も数々の苦難を乗り越えて覚悟を決めての来日となりました。

日本人なら、ここでつい、「じゃあ、あんこ君の夢・目標は何なの?何がしたいの?」と聞きたくなります。
日本で「好き嫌いではなく辛い事でも目の前の事を頑張り、精一杯生き、何か人の役に立てる事をやり、いつの日か自分に満足できたと思える人生にしたい」という事が、夢でも目標でもなくなったのは、いつからなのでしょうか。

私達が関わってきたミャンマー人の目標や夢は「生き方」であり、職業ではありません。それは、私達が忘れ去った人間として見習うべき姿ではないかと思いますし、またセアロが伝え私達が実践していることでもあります。
私達が受け入れるのは、目指す自分の理想像が、人々のために役立つ自分である事を強く望んでいる若者です。応援することにより、ミャンマーへの貢献につながると思い、こうした支援事業を行っています。

あんこ君も山地のセンターで社会生活を体験しながら日本語を学び、陽月堂の事業も手伝いながら頑張っています。

<番外編>
あんこ君の先輩、セアロNPOのミャンマー人第1号のウィンさんが、この度、非常にハードルが高い「高度人材」という資格のビザを取得しました。全国のミャンマー人で経営・管理関連の高度人材ビザで日本にいる人は現在いません。快挙!!


2020年8月18日火曜日

第17期 2月ミャンマー人道支援事業

第17期 令和2年2月ミャンマー人道支援

事業種: 人道支援事業

事業名: 2020年2月ミャンマー人道支援 
開催日: 2020年2月5日~2020年2月17日
従業者: 17名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. SPT寺子屋  2. PDY村(バガン近)3.ダビニュ寺院 4.Z村マーケット 5.日本語プロジェクト
主な事業内容:
 毎年恒例のボランティア体験研修企画とタイアップし、11名の日本人ボランティアと共に次の訪問先で支援活動を行った。今回は、事業実施の直前に新型コロナウィルス感染の発生ニュースが報道されたが、その時点では影響がない状況であり、参加申込者にキャンセルはなく、医師と看護師職の参加もあったため決行。帰国後しばらくして日本社会への影響が増大し始め、徐々に出入国もできない状況になった。幸い支援先、訪問者全員影響を受けることはなく無事終了することができた。

1. 継続支援を行っているモン州のSPT寺子屋を訪れ、米代を寄付
2. 国内でも雨量が少なく農産物が育たない地域にあるPDY村を訪問、数年前当団体が井戸や配水を寄付した村を訪問、持参した衣類や雑貨、果物等を寄付
3. バガンの旧日本軍慰霊碑を祀る寺院を訪れ、清掃奉仕をし、長年管理を行っている寺院に寄付
4. モン州Z村を訪れ、日本から持参した衣類で現地のボランティアメンバーがマーケットを開催、収益は現地奉仕者の活動に役立てることを知らせると大勢の村の人々が協力参加した。
5. モン州Z村にある、現地スタッフが村で自費運営している私塾を訪問、寄宿している子ども達に文具や衣類、バッグ等をプレゼント、学校運営費を寄付。中学生が中心だが、この学校で日本での学習を目指す20代の若者も学んでおり、引き続きここから日本語習得を目指す学生が現れることが期待される。





人道支援事業

SPT孤児院
教育事業
PDY村
ダビニュ
¥77,519
\16,667
\43,372
\95,019

合計
¥232,578

2020年6月10日水曜日

新たな教育・人材育成事業

<ミャンマー人道支援事業の補足資料>

外国人を労働者として受入れ始めた日本、
私たちがやってきたこと

平成の終わりに日本の外国人就労を巡って法改正が進み、多くの指摘や課題を抱えたまま、新たな「特定技能」の在留資格が設けられました。外国人に人手不足の現場で活躍してもらおう、というビザです。この制度については、最後に述べます。


当団体は、ミャンマーの子ども達への物資配布を中心とした支援を行ってきました。彼らが支援だけに頼らず自立できる事を念頭に、経済的な自立と社会的貢献の両立ができる大人になってもらいたいと考え、教育支援や人の育成事業を始めるようになりました。

私たちの支援先では、貧困から教育の機会に恵まれてない子弟が多く、若者の多くが村に残るか、村を出てもまた戻ってきます。”よい事”だと思いたいのですが、「他に選択肢がなく仕方がなくて」という理由であれば残念なことです。

「このままここにいたら共倒れとなる、せめて子どもだけでも学ばせたい」と、遠くの寺子屋に預けた親の願いむなしく、世代を経ても貧困のまま苦しさを繰り返す、という現状があるのです。

もし、村を支える若者に広い見分や、しっかりと身についた知識や技術、そして村や町全体を幸せにしたいという意欲と行動力があれば、村に明るい将来をもたらすことができます。時間はかかりますが、これが今の教育支援・人育て事業を始めた理由でした。

長い時間をかけ努力を重ねて、やっと日本とミャンマーで活躍する若者が出てくるようになったかな、と思っている間に、「ミャンマー人技能実習生失踪、人権無視の過酷労働で訴え…」などの報道を耳にするたびにため息が出てしまいます。
そして、”単純労働”でも働ける!というビザができて…。

日本に何しに行くの?

ミャンマー人は日本をめざし、日本の企業は外国人雇用を推進する…。経済活動を中心に日本とミャンマーの利害が一致し、都合よく利用し合うだけの関係にならなければよいのですが…。

新たな在留資格の前に「技能実習制度」がありました。今もありますが、そもそもその制度は、日本が「途上国への国際協力」を目的に、途上国の若者が日本の企業内で実習することで技術移転をめざすという制度でした。

この趣旨は、私たちの想いに近く、私たちの研修にも導入できないか、と講習会にも足を運びましたが、資金や規模の要件を満たさず、質問しても相手にもされず断念しました。

しかし、数年の間にこの技能実習制度を巡って問題が続出。外国人が騙され、安月給でこき使われるといった報道が目立ちますが、一方で、外国人側が会社や日本人の足元を見てずるい事をやる、違法なことも平気、犯罪も犯してしまうという事も多々起きています。
あるいは、過剰な優遇で上げ膳据え膳になって勘違いさせてしまったり、同じ職場で働く日本人社員が不満になり、それがイジメにつながったりすることも…。

陽月堂(株)で働くミャンマー人が、ミャンマーの若者によく話をしていました。高いお金を借金して日本語学校に数か月行って、「介護なんかしたくない」と言いながら、受入れ企業が決まるのを待っている、日本に何しに行くの?恥かきにいくの?と。それはこういう理由があるからなのですね。

私たちがこれからできること

当団体の教育支援・人材育成の研修は、入門日本語を母国で学ぶ段階から対象を絞っています。更に積極的な学生には、日本語力アップや生活向上の意識付けを効果的に行うため、日本人と共同生活をし、学習や奉仕活動を共にする体験をしてもらいます。

語学の習得には、その国の文化や習慣、社会的な背景や国民性を生活の中で体感する事が一番の近道です。同時に、日本人との共同生活は、衛生的観念や環境整備への意識をシフトさせ、知識・知恵・工夫も自然に身につくことから、技能や活用能力を培うキャリア教育の場としては最適だと考えています。

こうした研修は、これまでに通算で言えば100名近くを日本に招いてきました。一度来て終わり、という人もいますが、来日の体験を活かして、村や孤児院、学校等で積極的に奉仕活動をしたり、私たちが現地で活動の際に現地スタッフとして参加する人も、特にミャンマーに多くいます。

短期的な研修では、ある程度の効果は見込めてもそれは限定的です。NPOの研修は日本滞在ビザの限度が3か月迄と限られており、特に語学や技術的な事に関しては短かすぎて、習得したことを活かせるようなレベルには至りません。一方で、途切らせることなく長期間学び続けた人は、素晴らしい成長と活躍を見せてくれています。

当団体の有志が立ち上げた陽月堂(株)の設立に関わり、現在は代表になって活動を続けているミャンマー人もいます。その人の故郷の村では、継続的な農産業事業を行えており、日本人との交流事業も毎年行っています。村では日本との繋がりを深く感じてくれる人も増えてきました。

こうした事例を踏まえ、強い意欲のある若者対象に、日本語留学の援助を3年前から始めました。今年、また1名が日本語留学を終え、陽月堂に入社する事ができました。このやり方は、年月を要し、本人の強い意思と相当の努力も必要、一人だけにかかる費用や時間、労力も必要です。
また、この段階まで頑張れる若者の数は少ないのですが、地道に努力を続ければ少しずつ変化に繋がってくるということを感じているところです。

自立支援の仕上げまで…

この技能実習制度の後に出来たのが「特定技能」という新たな在留資格…ビザです。技能実習制度は、国際協力だなんて言いながら実態は違う!だから、日本の労働力・人手不足を補う目的だと言っちゃおう!と。そして、日本人と同等の待遇をせよ、それに加えて生活に困らぬよう保護し支援せよ、ということのようです。

これで「平等」、ということなのでしょうか。技能実習制度の悪い例はたくさんあげられましたが、まともにやっている企業さんの立場ないですよね。また我々のように、その趣旨通りにやりたい!と願っても、力も金もなければ導入不可、というのも残念すぎます。

何か大切なものを置き忘れ、利害だけの関係になってしまうと社会はどうなるのか、日本人は日本人同士で既に学習してきたと思っていましたが…。
どうも、この「特定技能」制度の趣旨には賛同することができません。実際、導入している会社は少なく、労働者として安易に外国人を雇うことに抵抗がある会社はまだまだ多いと思います。

制度の趣旨に賛同できない=やらない、といった白か黒かではなく、正しくないことを少しでも食い止め、正しく活用するためにはどうするか…。そもそも自分達の目的は何か。そこを踏まえて、活用するにはどうするかを考えてみました。

この新たな「特定技能」の在留資格により、短期的にしか行えなかった体験学習を実務を通じ実践で長期的に積むことができる有用な制度と捉えてはどうかと。もちろん、本人にもしっかり説明と理由、背景を伝えることは大前提です。

これまで同様、厳しい環境下でも"本気で人々や地域、国に貢献できる自分"を目指して頑張れる若者を対象に学習機会を提供することは継続します。そして、次の目標を日本語留学として、現地法人や陽月堂と協働で援助。そこから適性を考え実務経験が積めるチャンスとして、新たな特定技能制度が活用できると考えています。

陽月堂は、技術や技能を身につけ、同時に日本から感謝されるようなミャンマー人が一人でも多く増えることを願い、外国人と企業の両方を支える役割を担う『登録支援機関』として法務省に登録しています。この制度の活用に欠かせない機関を担います。

また、陽月堂は、ミャンマー人技能実習生を雇用中の企業さんにも協力し、日本で働くミャンマーの若者のサポート事業も行い始めました。

近い将来、彼らが自立を果たし、支援物資の手渡しを基本に行ってきた当団体の支援事業が本当に不要になることを願い、同時に、それまで培われていく日本との深い絆が、我々日本人の次の世代に繋がっていくことを心から願って、この事業を引き続き推進していきたいと考えています。

互いの特性や得意なことを活かし合いながら、互いの国を尊重しあい、同じ仲間として協働することができてはじめて、これまでの自立人道支援が実を結んだと言えるのではないでしょうか。

2019年8月14日水曜日

第16期 ミャンマー人道支援5月

第16期 令和元年5月ミャンマー人道支援

事業種: 人道支援事業

事業名: 2019年5月ミャンマー人道支援 
開催日: 2019年5月9日~2019年5月16日
従業者: 3名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. Z村学校  2. 新規・人材育成事業(三者協働事業)
主な事業内容:
ミャンマーの人道支援では、これまで主に孤児院や学校、村の学生を対象に、日本語学習や生活向上学習、職業訓練的な技能・技術指導などの教育支援や人材育成事業を行ってきた。今後更に教育・人材育成に力を入れ、更なる自立支援につなげための展開を図っていくため、当団体と当団体と現地法人Jimichi Myanmar Co,.Ltd(JMC). 及び陽月堂株式会社が連携し、教育・人材育成を実施することとなった。(新規事業の内容はこちら)


今回の訪問では、その新たな教育・人材事業の開始に伴い、新たな研修にチャレンジする学生を最終決定し、教室や生活居住場を整えたり、教材や生活備品等を揃え、研修を開始させた。

当団体の現地スタッフでもあり、JMCの社員でもあり、地元Z村で子ども達に学びの場を解放する教室(現在約80名が学習中)を運営しているミンウーさんに現地担当を担ってもらう。


人道支援事業

SPT孤児院米100俵
教育・人材育成事業
事前購入品(医薬品等)
¥203,774
\157,830
27,766

合計
¥361,604

2019年2月24日日曜日

第16期 ミャンマー人道支援事業2月

第16期 平成31年2月ミャンマー人道支援

事業種: 人道支援事業

事業名: 2019年2月ミャンマー人道支援 
開催日: 2019年2月4日~2019年2月18日
従業者: 5名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. B村  2.KW村    3.縫製プロジェクト   4.アパート事業 5.Z村学校

主な事業内容:

近年は毎年恒例となった2月のボランティア体験参加者の協力による支援活動を実施。今年はマンダレー地方のB村、エヤワディ州のKW村を訪問支援し、22名の参加者に活動協力を得る事ができた。当事務局に集められた物資や各参加者が任意で持参した物資に加え、現地購入品を1世帯や1村ごとに手渡せるようセットに仕訳することや、地元主体で実施したマーケットなどに協力して頂いた。
その他、当団体が継続して実施している事業に対し、資金や物品提供などを行った。

  • B村:今では観光地化しているBの地域では、外部からのホテルや観光業等の進出が盛んに行われているが、区域の管理は外国企業に委ねられ、観光客が利用するホテル等は地元住民にほとんど恩恵がない施設が多い。元々仏教を基盤に栄えた村であることから、貧困層を中心とした多くの地元住民が拠り所とする各地域の寺に米や調味料等の配布を行った。
  • KW村:村で仏教関連の祭りが行われる予定に合わせ、会場を借りて地元住民を対象にマーケットを実施した。貧困層の多い農村であるため、支援物資の配布も実施したが、村の中で低額設定した金額で各自が欲しい物を購入し、売上金の全ては現地の責任者に保管してもらい、村で貧困家庭が必要とする際に使えるよう共済的なマーケット企画を開始した。
  • 縫製プロジェクトに対し、材料費購入など運営資金提供を行い、ボランティア参加者より依頼があった衣類を作成してもらった。
  • 低所得者層のアパート計画<事業詳細はこちら>に対し、工事はまだ進められていないものの、現地での雑草除去などの管理や地元対応を依頼している村の家族に運営費を提供。引き続き地元関係者に技術研修の機会を提供し、建設にこぎつけられるよう資金募集と合わせて進めていきたい。
  • Z村で当団体の現地スタッフが自費運営をしている学校を訪問し、アメリカからのボランティア参加者が英語の授業をおこなってくれた。教科書上ではかなり高度な英語を学んでおり、読み書きは進んでいるが、”使える英語”に弱く、発音や会話が困難だったため、ロールプレイや発音練習を重点的に行ってもらった。運営費用の提供を行い、子ども達には文具や衣類などを手渡した。


※下記の現地支出事業費に加え、国内より医薬品、生地、毛布等購入(¥203,747)
人道支援事業

低所得者層アパート計画
縫製プロジェクト
KW村・共済マーケット
B村米・調味料配布
Z村私設学校
通信/運搬等
¥74,074
¥74,074
¥49,707
¥405,148
¥83,000
¥16,921

合計
¥702,925
\203,747
現地
国内事前

富山のプロジェクト

富山で当団体の支援活動にご協力下さっている紡ぐキッチンさんより、地元の小学校から依頼があり、ミャンマーについての紹介や活動の様子を子ども達に伝える課外授業を行ったというお知らせを頂きました。


みなさんの中でも、地元やグループで色んな取り組みをされ、ご協力して下さる方もたくさんいらっしゃると思います。
何か活動に関わるニュースがあれば、このブログで紹介させて頂きますので、お知らせください。

2018年12月12日水曜日

第16期 ミャンマー人道支援12月

第16期 平31年12月ミャンマー人道支援

事業種:人道支援事業

事業名: 2018年12月ミャンマー人道支援 
開催日: 2018年12月4日~2018年12月10日
従業者: 5名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. Z村  2. SPT孤児院
主な事業内容:
今回の訪問では、支援先の村や孤児院の僧侶達が当団体の拠点を訪問、これまでの活動や近況、
今後の事業について、或いは後継について等の意見交換を主に行った。
Z村、SPT孤児院共に、この20年で村の人々や子ども達の生活或いは教育環境を大きく
進展させることができており、当団体の創設者及びスタッフに対して謝意が述べられた。

SPT寺子屋孤児院:現在も1年に2回、米の収穫期に合わせて100俵の米を配送し子ども達の
生活を支えている。もちろん、これだけで800人ものお腹を満たすことはできないが、
100俵で大よそ1か月分が賄える。当団体からの米の寄付を受けるようになって以降、
徐々に地元寄付者が増え、寺院内に政府認可の小学校ができ、中学校、そして現在は高校までが
でき800人の子ども達が寄宿しながら教育を受けている。全て寺院の運営と寄付によって
賄われている。

Z村:国境に近いことから当初は外国人が立ち入ることが難しく内戦も起きていたため
人々の生活は非常に厳しい状況だった。当団体は、数千人分の米、食料、日用品や衣類等を
セットにして世帯ごとに配布するなど、年に数回の訪問支援を繰り返し、徐々に生活は
改善しつつあった。近年の民主化で国境から首都までの主要道路が開通したことで村の
環境は変わり、今では経済状況も改善され、村の中心である寺も地域住民の手で大きく
広げられてもいる。そのため、ここ数年は村には訪問していないが、現在はその地域で
当団体の現地メンバーが私設の塾を開校したり、田んぼで米を作りSPT孤児院に届ける
流れを作るなど、大きく変化しつつある。

今回は、引き続きSPT寺子屋孤児院への米100俵の寄付を行うほか、当団体のヤンゴンにある
活動拠点の周辺村に対し井戸と柵の修繕に充ててもらうため寄付を行った。
また、この訪問後に2名の縫製プロジェクト職員が来日研修を行う予定だったため、
査証準備等を合わせて行った。


人道支援事業

SPT孤児院米100俵
K村井戸・柵修繕
日本渡航準備費
¥220,852
\175,678
¥40,514

合計
\437,043

2018年12月11日火曜日

ミャンマーからの訪問


今年1年間に、当CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンが招へいしたミャンマーの皆さんの様子をご報告いたします。

現在は、当団体がバックアップし現地に設立したJimichi Myanmar CO.,Ltd.(以下JMC)が、当団体が行ってきた事業の一部を通年の事業として行っていたり、訪問支援の前後に当団体の人道支援事業を委託する形をとり、支援事業も継続運営できるようになりました。

これまで当団体が訪問支援してきた孤児院や学校、村や地域の支援活動にはじまり、職業訓練的に行ってきた自立支援事業を活かし、JMCの事業として行っている事業としては、村の農産物の加工品製造や、貧困村でのマーケット事業などがあり、現在は、低所得者層を対象としたアパート計画に共同で取り組んでいます。

こうした事業を継続し、彼らが私たちと同じ土俵で得意な能力を発揮できるようになるために、引き続きの指導や体験学習の機会がまだまだ必要です。一番の学習は、日本人と共に生活したり、活動したり、日本で皆さんが活躍している姿に直接触れることだと思います。ほんの簡単な普通の事、と思われる事もそうはいかない事が多々あります。

教育の機会に恵まれなかったり、日々の最低限の暮らしの為だけに時間も労力も費やさなければならない環境で生きてきた人生を、我々日本人の標準を当てはめて考える事はできません。一方で、現代の日本人に欠けている多くが身についているのも彼らです。そこも共に生活し同じ目標で一緒に何かやるという経験がなければ見つけることもできません。

皆様にご理解とご協力を頂く中、多くの機会を提供することができ、有り難い限りです。この経験が現地に反映され活きてくることを楽しみにしながら、引き続き出来る限り日本に招き、山地の拠点を中心に活動参加できる機会を提供したいと思います。引き続きよろしくお願い申し上げます。

<滞在の様子>

 4月~2か月間、縫製プロジェクトを経て、現在JMCのショップ担当通称まるこ、縫製リーダーミャンモさん、ココナツオイル担当のタンさん、ラーさんが来日。石川の仲間を訪れたり、富山の料理交流イベントにも参加、福山の仲間の田んぼを訪れたり、岡山の拠点でも日本人が奉仕活動したり平和学習したりする様子を見学。もちろん、それぞれの専門分野に必要な、技術や能力を高めるのに役立つ実習もしっかりと拠点内で実施することができました。




  
ミョーさん(JMC大工さん)

山地拠点の浄化槽工事をする際、地元業者さんではなく、当団体会員のYさんにお願いし、広島から駆けつけて頂きました。見学をじっくりさせて頂き、実地で仕事をされるチャンスに詳細の説明をして頂くことができました。

インフラが整わないミャンマーでも誰でも必要なトイレ。
似て非なる日本のトイレ、配管、下水を見る貴重な機会となりました。
日本でも同様に当団体と協力関係にある陽月堂㈱では、ミャンマーの農業支援から生まれたココナツオイルを使ったパンの事業を行っています。パン屋という感じではなく、あくまでも研究目的で、当団体の会員様他、協力者の皆様対象に販売をしている事業です。拠点内の工房で新製品の試作会を行い、ミョーさんにも体験して頂きました。

いずれ、ミャンマーでこのパン工房同様に、窯や炭を手作りし、村で作るココナツオイル、ピーナツオイル、いずれは小麦の栽培も行って、パンの製造ができるようになれば、若い人の雇用も大幅に増やすことができる!夢を共有できる人をどんどん増やせたらいいと思っています。

そして、今月12月より、まるこ&ミャンモさんが再来日。前回は、縫製プロジェクトの一環として、日本の古い着物を使ってリフォームする実習や、管理について学んでもらいました。今回も引き続き、交流事業や奉仕活動の参加を予定していますが、その他、共同生活を通じた衛生管理や創意工夫の実地学習、拠点内に必要な備品などの手作りを通じて縫製技術の指導を行ったり、現地のショップ事業に活かせる商品や在庫の管理等の課題解決を現地で可能な方法を一緒に探りながら、ステップアップした管理システムを構築したいと考えています。













2018年8月1日水曜日

低所得者層のためのアパート計画

発展途上国人道支援事業
低所得者層のためのアパート建設プロジェクト

日本の知恵と工夫を活かし、技術と意識を高めながら、
作る人も暮らす人も幸せになれるアパートを作ります!!

土地や建物の値段がどんどん高騰していく中、発展途上国の中でも所得の低い人たちが、安い家賃で快適にすごせるアパート建設プロジェクトを開始しました。

この事業は、そこで暮らす人の幸せな生活を願い、日本の技術力の元…!「知恵と工夫」の力を現地の人々に伝えていく事業です。

平成30年7月現在は、年に数回、現地からこの事業の主に工事に関わる数名のメンバー(現地協力ボランティア及び現地法人JMCの社員等、当団体と繋がりのある人たち)を日本に招き、日本の新/旧の住宅や建材類、道具や機械に触れてもらうため、当団体拠点内の改装や修繕、大工仕事を通じて実習したり、ご協力者からご提供頂いたリフォームなど、見学や体験学習の機会を得ながら、共に汗を流しています。


 倉敷市の拠点にある風呂改装を題材に道具や部材を研究(写真は来日中のミョーさん)

ミャンマーでは、6~10月頃の雨期にはほとんど屋外の作業ができません。また、農家であるないに関わらず、自給自足的な生活を行う農村では、11~1月頃の農繁期は忙しく、この時期に他の事にあまり時間をとりすぎれば、食料を確保することができません。

こうした状況の合間を縫いながら、学習と現場での工事を少しずつ進めていくしかありません。同時に、資金を一度に確保できないこともありますが、あまり急激に箱だけを作ってしまえば、都市部の様な人の問題が色々と出てくることも危惧されることから、作る人たちの意識と技術を少しずつ高めながら、その歩みに合わせて工事を進めるのがよいと思っています。

現在は、手に入れた雑草・竹でジャングル状態だった土地を地ならしし、敷地の周辺の外壁がやっと作れたところです。


募集中♪
協力金
資金が集まるだけ現地の人に学んでもらう機会が提供できます。資金が集まるだけ現地の建設工事が進みます。
機械・道具
※新/中古機械・道具のご提供大歓迎!!
※建材/部品/作業着類も大歓迎です!
*********

当CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの農産業自立支援事業の促進のために現地に設立した社会貢献型の会社法人、Jimichi Myanmar Co,.Ltd. (JMC)。更なる自立を目指して、村おこし、産業づくり、仕事づくりと、日本との架け橋のために頑張っています!

第16期 ミャンマー7月人道支援

第16期 平成30年7月ミャンマー人道支援

事業種: 人道支援事業

事業名: 2018年7月ミャンマー人道支援 
開催日: 2018年7月23日~2019年7月31日
従業者: 5名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. PDY村  2.KW村 
主な事業内容:

今回の訪問では、これまでに支援した村などを訪れ、持参した支援物資を届けたり、
現地でのマーケットプロジェクトに役立ててもらおうと寄付をしたり、
プロジェクト運営の監査や運営指導を行い、現地の人々と市場調査をするなど、
事業費の使途や金額には反映されていない活動を主に行った。

  • PDY村:15年程前から数年前まで継続支援をしていた村。市場調査中、近くを通ることになり突然訪問を行った。この村は乾燥地帯で雨量が少ない不毛の地で、生活が非常に厳しい村だった。井戸を寄付したもののほとんど水は出なかった。そこで数キロ先からパイプで村の寺まで水を引いてくる計画を立て、その施工と貯水槽を寄付させてもらったことがある。利権も絡み工事に数年を要し、完成したことは聞いたが訪問は4年程できずにいた。水を得てからは村の人々と僧侶が努力し寺院前の道路を村で独自に修復し、道が良くなったことで村の先にある観光地に向かう人たちが道を利用するようになり、露天店をしたり寄付を集めるなどして人々の生活も安定し、村で協力し新たに寺を建て直すこともできた事を聞いた。ただ、残念なことにその僧侶は2年前に他界したとのこと。現在、間もなく修行を終える予定のこの村出身の僧侶が戻り新しい寺に入る事を村の人々は心待ちにしている様子だった。
  • マーケットプロジェクト:日本で寄付された中古品の衣類を持参し、現地スタッフが地道に行っている事業に寄付した。これまでの会計記録や在庫、開催記録を精査し、メンバーが誠実に実施していることは確認できた。マーケットは主に低所得者層の村で行っているが、主要メンバーもその村の住民。データーを使った管理をこれまでも何度となく試みているが、活用できるのは携帯スマホのみとあり、アプリケーションの機能がうまく対応できていない。しかし、手書き併用で管理し、値札シールを付け売れたらシールをノートに貼る等の方法で管理している。収益は活動拠点の寺の修繕費用等に寄付したり我々が訪問できない時は、街で仕入れたものを村で更に販売し少しずつ利益を増やす工夫も行っていた。
  • 資金的には、ココナツオイルやピーナツオイルの製造を行っている農業プロジェクトの村に、雨期用の作業場としてヤシ製の作業小屋の費用、高齢者への毛布や食器類等の物品を購入し届けた。
支援活動の成果は短期的には見えてこない。また、どう改善されたかを評価することも難しい。
今回訪れた村だけではなく、支援先に数年後に訪問すると大きく進化している事も少なくない。
何よりも日本からの支援をきっかけに団結が強まった、それを励みに自力で努力ができた、
という村の人々の声が何よりの成果だと感じられる。今後も地道に、そして一度つながったご縁
は大切に活かして行きたい。 

人道支援事業

農業プロジェクト運営資金
毛布・食器等物資購入

¥187,200 
¥17,932 

合計
※事前購入した物資
¥205,132
¥22,262