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2017年9月13日水曜日

第15期 9月ミャンマー人道支援

事業種: 人道支援事業

事業名: 2017年2月ミャンマー人道支援 
開催日: 2017年9月8日~2017年9月12日
従業者: 2名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. モン州Z村、教育事業、農業事業支援
  2. エヤワディ州C村農産業事業
  3. ヤンゴン拠点事業、日本語学習者への指導
主な事業内容:
  • 当団体が長年支援しているモン州のSPT孤児院等に米を届けているZ村で、稲刈り機を購入する計画が立てられた。メンバーの土地は16エーカー程度だが、近隣に新しくできたクボタの農業機械販売店で、保証人となって分割購入をし、数年の間に2000万円近くの購入金額の返済を目標に、近隣の農民に格安で貸出し利用してもらおうという計画である。稲刈り機が村に1台あれば、これまで手作業、或いは安価な中国製の小さい機械を壊しては修理しながら行ってきた稲刈り作業もコストもかなり軽減できる。現在、近隣の農民所有の田んぼ合わせて200エーカー分を稲刈りする予定で、実施していれば、利用したい多くの農民が要望してくる可能性が高い。積極的に村の人々に説明をし、参加を呼びかけ、2年の間に返済できるよう、当団体からも頭金分に充当してもらえるよう資金提供を行った。
  • 同じZ村のボランティアメンバーが、自分でレンガ造りの建物を立て、近隣の貧困学生の塾を開校している。12~14歳の中学生を対象に、寄宿して学ぶ学生が25人、学校が終わって夜まで学ぶ学生が約35人集まり、学習に励んでいる。ボランティアが自費で全て賄っており、就学もできない貧しい家庭の子ども達を寄宿させているため、教育費のサポートと子ども達の衣類や文具、日本から持参した医薬品等を寄付した。
  • 農産業プロジェクトのCW村では、集会所として使える建物を自力で建てており、大人の仕事だけではなく、子ども達の為の小さな図書館を作る計画を立て、準備費として寄付をした。
  • ヤンゴンで拠点として活用させてもらっている寺院内の井戸ポンプが故障してしまい、修繕を行う。宿泊施設計画は長期的に進めているが、井戸水だけは汲み上げ続けなければ、枯渇したり、泥水でポンプが詰まってしまうため、ポンプを稼働しつづけ、管理するための維持費が必要となるため、村の責任者に管理費を預けた。
  • 現在、ミャンマーでは日本語学習者が増加しているが、日本に働きに行く事を目的に就学させ、面接後に旅費など自己負担分を支払い、技能実習生制度を利用して数年間日本で働くという若者が増えている。そこに違法や悪用がないにしても、双方の目的に相違があり、日本語教育と就職先を紹介する中間業者の説明不足なのか、ミャンマー人側の思い違いなのか、不安を抱え悩んでいる学生は少なくない。当団体に相談依頼があり、自力で日本語能力試験N1に合格し、現在日本の会社を立ち上げ仕事をしているメンバーより、日本の体験談を伝え、個別相談に乗る機会を設けた。(参照:外部リンク陽月堂ブログ


収支報告:
人道支援事業
奉仕センター整備
交通・運搬/通信費
Z村教育施設
CW村農業産業事業
Z村農業事業支援
¥374,501
\55,298
\183,334
\82,645
\300,000

合計¥995,778

2014年9月30日火曜日

<前半>スリランカDAスタート ♪ 車いすが届きました!

中古車いすをスリランカに送るプロジェクト」を立案し呼びかけを始めたのは、ちょうど1年前の9月。1年かけて、東京と札幌で中古車いすが集められ、プロジェクト協力・参加者も少しずつ集まって、NPO法人グローバルハートスペースにより、「車いすをスリランカに持参しよう!」という企画が立ち上げられました。掃除やメンテナンス、保管や運搬に、いろいろな方がご協力下さって、持参ツアーにも9名の方が参加。やっと車いすをスリランカに届けることができました。

中心になって協力して下さった皆さんのブログも是非ご覧ください。

集まった車いすは14台、300kgを超える重さです。現地と国内と両方で航空会社に協力の事前交渉を繰り返し、渡航者10名の手荷物として現地まで運ぶことができました。コロンボの空港でも、現地協力者のサポートを受けて入国も無事にすませることができました。

<ご協力:健育会竹川病院様、スリランカ航空様>

今回のスケジュール *****

9月27日 到着~センター
9月28日 物資整理、買い物、物資準備
9月29日 コロンボ国立病院訪問・車いす寄付
9月30日 地元の幼稚園2か所訪問・支援物資配布
10月1日 センター前でマーケット開催、夜短期滞在者帰国
10月2日 北部トリンコマレ地区訪問、貧困層支援事業の応援(物資配布)1泊
10月3日 センターに戻る
10月4日 センター片づけ最終、夜帰国

***************

【9月27日~到着】

コロンボの空港から約2時間の移動で、スリランカの活動センター(KGH:カルナグローバルハーモニーセンター)に到着。荷物を運び終えたのも夜10時を回っていましたが、みなさん元気に到着です。早速、寝具の用意やセンターの使い方を説明して、いよいよダイレクトアクションのスタート♪

今回の参加者は、海外ダイレクトアクション経験者がほとんどですが、スリランカは初めて、という方が多いグループです。他の国では、移動が多く宿泊はホテルだったり、もしくは、管理する駐在人がいるセンターだったりしますが、スリランカでは普段は無人のセンターを中心に活動し滞在もする拠点として活用しています。

このセンターは、2009年~2011年に、ミャンマー人と日本人で3か月合宿研修を行った場所です。管理運営は地元NGO・シハサラファンデーションが行っていますが、センターに常駐しているスタッフは現在おらず、私たちが利用させて頂く際は、現地のボランティアの皆さんが掃除やメンテナンスに来られ、滞在中は数名のボランティアの皆さんが宿泊してサポートしてくれています。

私たちはお客さんではないし、現地の皆さんと同じ奉仕者として協働し、日本人が来るたびに良くなるセンターになるよう協力をして頂くことを参加者にお願いをしました。

団体行動や特に合宿では、ルールを決める、担当や当番を決めてやる、といった話が出てきがちですが、「DA(ダイレクトアクション)や奉仕を真に体験する」ということが目的ならばどうでしょう。「どうしたら相手や周りの人が心地よくなるか、次の人に役立つか」と、心で感じ、工夫や改善をしながら自主的に動くことが奉仕には大事だと思います。決まりや役割分担がその妨げになったり、かえって中途半端になったり、規則や指示がなければできないない、ということにもつながり、そもそもの目的から遠ざかることになりかねません。

せっかくの体験の機会。日頃から日本でも奉仕ができる機会とあらば足を運んで汗を流しているメンバーだからこそ、今回は更なるレベルアップを目指していただき、支援活動以外でも、センターや仲間に対する奉仕をしっかり行い、更に経験を積んで頂きたいと思います。

このセンターでは、水道、電気、ゴミ、調理、食事、トイレ、寝具、洗濯…生活のすべてに関わることは、自分の事は自分で最期までやり届ける、ということが求められます。例えば、ゴミひとつとってみても、ゴミの収集など来ません。そこでどうするか、です。また、停電も頻繁に起きていますが、卓上の電気湯沸かしポットを使っていると、お湯を台所でわかして来よう、という事さえもさっと浮かんできません。台所?そこですよ、皆さんのセンターだから自由に使ってください、と言われても、遠慮があったり、または、誰かがやるだろうと無意識に人を頼りにしようとしたり…、色んなものが出てきます。

こうした生活に関わることはもちろん、支援活動の物資に関わる準備や段取りも、自分で考えて自分から行動すること、それをどう団体行動にするかを自分達で考えて行動することを今回のグループ課題にさせて頂きました。






9/28 車いすを整備/改造
【9月28日~準備】

荷解きをし、車いすの組み立てを行い、物資の仕分けや準備、現地での追加物資調達も、スリランカの学生メンバーと一緒に皆さん中心に行って頂きました。

早速、センターに滞在中の脳腫瘍で体が不自由になってしまった女の子のために、持参した車いすの中から適切なものを選んで調整。不自由になった首をお母さんがずっと手で支えている状況を少しでも助けられたら…。センターにある材料や道具を使い、背もたれを伸ばしてクッションをつけ、ヘッドレストを作って改造しました。

同時に、持参した沢山の物資を分類し、数を数えて支援先ごとに手渡し用の袋詰めを行います。タオルや石けん、歯ブラシ、文具など、種類も色々です。不足品は現地で買い足して、今回訪問予定の病院用、幼稚園用、村用のセットが次々に作られていきました。

現在、スリランカでは若者ボランティアチームが頑張りを見せていることから、マーケットプロジェクトを提案し、たくさんの持参物資の中から、バザー用の物品を選んでパッケージをしてもらいました。10月1日にセンターがある村でバザー開催を決定。野菜を作って売りながら活動資金を作っていた学生達に体験してもらい、バザー収入を役立てるよう、ぜひともプロジェクトを継続実施してもらいたいと思います。


【9月29日~病院訪問】


車いすと、入院中の子ども達に手渡す物資を持ってコロンボの国立病院を訪問。この病院では、治療は無料で受けられるものの、薬や退院後に必要なケアについては自費負担です。今回の私たちの協力は、医療費負担が困難な貧困層の方々のサポートを30年来行っているHospital Service Councilを通じ、入院中は病院の車いすを利用できても、退院後も障害が残ってしまったという方々に差し上げられる車いすとして役立てて頂きます。

集まった病院関係者の皆さんに、日本からの車いすを手渡し、長期入院中の子ども達におもちゃやタオルなどの生活用品をプレゼントさせて頂きました。廃棄処分になる車いすが1年かけ、たくさんの人の手で命を吹き返して再びここスリランカで役立ってくれます。




<今日の感想…>
スリランカにもたくさん車いすは安くあるのに…。それでも「日本製がいいんだ」と言ってくださるスリランカの皆さんの言葉が心に刺さります。以前はただ嬉しく誇りに感じたこともありましたが、今は「本当に日本製はいいだろうか」、我々の前の時代の日本人が気づきあげてきた技術を継承しているだろうか、と疑問に思うことが多くなってきたからです。

技術者のせいではありません。日本に生まれ育った私たちが、何を選択してきたか、何を大事にしてきたかだと思います。日本の技術力を大きく支えてきたのは、勤労精神、奉仕の心だと思います。誰かの、何かの役に立ちたい、使う人に長く役立ててもらえるものを…、そうした気持ちなくして素晴らしい技術などできないと思うのです。

南・東南アジアのどこのどんな田舎に来ても、技術は日本の代名詞のように耳にします。欧米なら「フジヤマ、ゲイシャ(古いですか…?!)」良くいって「ホスピタビリティ」かもしれませんが、アジアでは必ず「ジャパン・テクノロジー」なのです。戦前戦後の機械だってまだ動いている。壊れにくい、部品を買えればずっと使える。まさに、使う人を想う奉仕の心が物を通じて生きているからだと思います。

ジャパン・テクノロジーと聞くたびに、前世代の方々への尊敬の念と、何とか継承していかなければという責任感は強くなるばかりです。これまで培われてきた日本の宝を無くしてはいけない。自分に車や機械は作れませんが、奉仕の心や勤労精神は自分で啓発し行動することはできます。いろんな情報に振り回されず、自分が大事にしたいことをしっかり中心において生きたい、と、アジアに来させて頂くたびに思うところです。


2014年6月26日木曜日

川村義肢㈱様、社内見学~義手完成まで

ミャンマーで長らくボランティアスタッフとして事業活動に関わってきた仲間(ミンウーさん)が、5月~、CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの関係NPO法人の招へいにより、事業参加のため来日しています。

長年、この彼の義手を何とかしてあげたいと思ってきましたが、このたびの3か月来日滞在により、そのチャンスが巡ってきました。彼は十代の頃、感電による事故で右腕肘下を切断していますが、地元で唯一義手を作ってくれる方に20代になってやっと木とプラスチックで作った義手を手にいれました。
見た目だけではなく、肘が残っているにもかかわらず機能的にほとんど腕を曲げられない義手だったことから右腕を使うことも少なく、腕の筋肉もやせ細っています。

来日を機会に、一度、日本の義肢技術がどのようなものか、見に行ってみよう!と誘い、大阪にある川村義肢㈱様が実施している見学ツアーに申込みました。








5月末、大阪の本社を訪れ、担当の方が、丁寧にスライドや工場で説明をしてくださり、実際に技術者の方々がお仕事をしている様子を間近に見せて頂きました。技術もさることながら、日本企業をミャンマーからの訪問者に見学してもらうにあたり、一番有難い、よかったと感じたことは、川村義肢㈱さまの社風、社内の空気でした。
会社内、工場内どこでどなたにお会いしても、社員の皆さんが元気に笑顔で挨拶をされておられ、「仕事は楽しいもの、自分の誇りであるもの」、と普段、東南アジアの仲間に伝えている自分たちとしては、非常にありがたいお手本を見せて頂いたような会社でした。
また、工場で皆さんが働かれている横で、打ち合わせをされている様子の社長さんにお会いしましたが、社長さんも、見学の我々に笑顔で大きな声で挨拶をしておられ、これもまた、「リーダーは、働く人と共に働き、一番に手本を示せる人間でなければ」、と常日頃話をしていましたので、訪問したミャンマー人も、日本企業、技術がなぜ素晴らしいかを実感したと感想を述べていました。

見学を終え、仲間の『手』を作って頂くなら、この会社しかない!と思い、その場で「手を作ってください!」と直談判…。後に気付いたことですが、日本では当然義手などは医療機関、つまりお医者さんを通じて作られるもので、このようにメーカーさんに直接きて作ってくれ、という客はいないということ…。アポもなく、いきなり手を作れとの申し出にその場で応じて下さったのも、今思えばこの会社だったからこそなのかもしれません。

技術担当の方が対応して下さり、通常は営業を通じて行うべきところもお時間を取ってくださり対応して下さったのだと思います。これまでの事情や希望、我々の期限や予算も限られていることを伝え、いろいろと相談に乗ってくださり、型どり~発注までをその日のうちに終えることができました。半日かかりましたが、大阪まで来た甲斐があった1日でした。

それから1か月…。担当の方から義手が出来上がったという連絡を受け、合わせてみるために再度大阪へ。通常は、こんな風に直接技術者の方とやり取りもしないでしょうから、時間も要し、何度か調整も行いながら完成するのだと思います。度重なるご配慮に本当に感謝しかありません。

日程を調整し、滞在先の広島でミンウーさんと待ち合わせて大阪へ!一度訪問した場所とはいえ、ナビも途中で消えてしまい、道が分からなくなってしまいました。「この辺だったかなぁ~~」と、ハンドルを切ると、なんと、植栽の緑の中に翻るミャンマー国旗が!!「あれ!!ミャンマーの国旗じゃない?あそこだよ、きっと」。

なんと、我々たった3名が勝手な注文をして受取に伺うのに対し、国旗、社旗に、ミャンマーの国旗を掲揚して礼を尽くしてくださっていました。さりげなく誠意を表す、という姿勢に感服です。
ミャンマー人2名は喜んで、何度もカメラを向け、旗がなびくタイミングを捕まえようとバチバチと撮影していました。
日本人としてありがたく、心の中で、これこそが日本の誇りであると一番感激していたのは、実は自分ではないかと思います。

いよいよミンウーさんの「手」とご対面。普段おとなしく、冷静であまり感情を表に出すこともない彼が、満面の笑顔を浮かべて顔を赤くしていました。日本人の手指の形、色とはずいぶん異なることや、身長も高く手が長いこと、そして通常以上にやせ細った腕と骨ばった肘など、一人ひとり違うその人の体の一部を作るということは、大変なお仕事なのだなとつくづく思います。

ぴったり合ったサイズ、そして肘を曲げて使えるように考えられた義手。はめたり外したりにもコツが必要です。出し入れ時に痛む箇所を広げる微調整や、補助ベルトを合わせて取り付けたりと、何度も工場に戻られて数時間かけ、今回もまた1日のうちに調整してくださいました。

何度もじーっと手を見つめ、自分の手と並べ、いいですね、いいです、と嬉しそうにしている様子を見ると、あぁ、よかったな、と、言葉になりません。
そして、一番、彼にとって大事な「合掌」。ばっちりです!私は、今回の彼とのやり取りの中で、仏教徒の彼として大切にしたいもの、それが故の辛さやこだわりを深く知ることができました。彼とのご縁も、孤児院や障碍者施設、村や研修活動に関わり手伝いをするようになって10年。もっと大変な人たちの為にと共に汗を流してきましたが、やっと彼の番が巡ってきました。本件に関しまして、ご協力頂いた皆さま、ありがとうございます。

川村義肢㈱の松本様、本当にありがとうございました。







2014年1月29日水曜日

車いす大集合!

昨年秋の「車いすをスリランカに送ろう!」提案から、都内の医療機関に勤務する仲間より朗報♪が!買い替えに伴って不要になった車いす10台を引き取らせて頂けることになりました!

病院でも点検をしてくださり、更に場所を保管場所に移して後、汚れや傷みを確認して下さるとのことです。実は、たくさん手に入りそうだという話はずいぶん前から頂いていたのですが、問題は「一時保管」と「移動」「運搬」です。。

日本のものはコンパクトで軽いといっても車いす1台は10数キロあると思います。またかさばるものでもあるし、空輸をしようものなら高額になってしまいますので、ひとまずは保管。。。

しかし、なかなかこの大荷物を預かれるところはありません。拠点倉庫もさすがに車いすは保管できてもせいぜい2~3台。しかし、入れてしまえば他のものがはいらない、ということになります。

あちこちに呼びかけ、都内近郊で預かってくれるところはないかと探したところ、ありがたいことに神奈川県でみつかり一安心。移動も簡単には行きませんが、大きな車になんとか乗せて10代無事運べたそうです。


実は、北海道でも1台だけど、とか、うちにもあるけれど、というお声掛けは頂いてますが、上記のような問題点がありなかなか進んでおりません。

できれば!今年中にスリランカ人道支援参加ボランティアを募り、みんなで持参!しないと考えています。

実は、このニュースが届く前日、ちょうどスリランカとSkypeでビデオ会話を久しぶりにしたところで、車いすの話をしていたところでした。

ひとつひとつが形になって、次のひとつにまたつなげていきたい。笑顔から笑顔へ…。

みなさん!スリランカへ一緒に行きませんか~!?


スリランカの車いすプロジェクトについては、こちらもご参照下さい。

2013年9月13日金曜日

中古車いすをスリランカに送るプロジェクト提案


スリランカの協力NGOが力を入れている事業の一つが、コロンボにある病院内の奉仕活動です。公立の病院では、貧困層の人々が無料で治療を受けることができますが、そのためか、病院は毎日大勢の患者さんでいっぱいです。

 治療は無料でも、特殊な薬や専門的な治療は受けることは難しく、また、病院内では車いすや松葉づえが無料で使えても、病院の外に持ち出すことはできません。そのため、NGOでは、薬や治療の援助、車いすや松葉づえ、歩行補助器などを寄付する活動を行っています。

当初は、当団体の支援金に頼ることが多かったのですが、現在は少しずつ地元の裕福層や病院内の医師や看護婦からも寄付金や物品提供を受けられるようになり、毎月20~25台の車いすを届けているそうです。

現地で車いすはRs12,000(約1万円)ですが、農村部で1か月12,000ルピーを手にできる人はほとんどいません。中心地で仕事を得ている人でも1万5千円程です。また、折り畳みが出来ず、非常に重たいもので、使う人も、介護する人も、運搬する人も大変。

海外からポータブルな車いす(日本でよく使われているような)を寄付した際は非常に喜ばれ、中古でよいから日本から車いすは頂けないか、という相談を受けています。

1万円、と聞くと、日本で集めても保管や運送を考えると、現地で買った方が…、と思うのですが、「中古・車いす」でネット検索すると、多くの中古車いすがさほど汚れた様子もない状態のものを沢山探すことができます。それも1万5千円ぐらいといい値段がついていますが、それだけ多く車いすを買って手放す人が多いという事ではないかと思われます。また、新品でも安いものは1万円台でいろいろあるようです。

国内でどう呼びかけ集めるか、保管はどうするか、どうやってスリランカまで運ぶのか…、いろいろと課題はありますが、月20台なら年間240台。かねてから、日本のお寺のお坊さんから、未使用のさらしが年間数百反単位で残ってしまうが使ってもらえないかとご相談を受けたこともあり、一度は試しにスリランカまで空輸したこともあります。段ボール1箱でも数十Kgにもなり、送料がかかりすぎることから保留にしたままの案件もあります。

また、養護施設だったか、病院だったかで、古い車いすを処分するのだけれど要らないか?という話を受けたこともあったのですが、その時点では、今のスリランカからの要望にもご縁はありませんでしたし、何分にも力不足でそうしたお申し出も受けることができずにいます。

日本の車いすとさらし…、今、スリランカとのつながりで、沢山の困っている人々に役立ててもらうことができそうなのです。しかし、国内保管と海外運送(輸出業務)合わせて、いろんな分野の人の力が必要です。まだまだ、「プロジェクト」立上げにも至らない状況ですが、何か方法はあるはず。このプロジェクトに関心のある方、やってみよう!これなら手伝える、という方は是非CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンまでご連絡ください。

⇒ 2014年9月、無事車いす14台を届けることができました!その様子はこちら!