2024年3月6日水曜日

令和6年能登半島地震支援事業<報告>

第19期 人道支援に関わる事業ー緊急支援事業

事業名: 令和6年能登半島地震支援事業 珠洲市の農家さん応援プロジェクト
開催日: 令和6年2月26~28日(19期2023年7月1日~2024年6月30日)
従業者: 10名

 事業内容:

支援対象:
  1. 令和6年能登半島地震による石川県珠洲市正院町の災害被災者
事業経緯と主な支援内容:
2016年まで当団体が拠点を置き、多くの賛助会員が所在している石川県で1月1日巨大地震が発生、特に能登半島で甚大な被害が生じており現在も復旧作業が行われる中、多くの被災者が未だ避難生活を強いられている。土砂崩れや建物崩壊等が激しく深刻な被害を受けた珠洲市で、当団体の会員の一人が帰省中被災したことから、地震発生直後から現地の状況が確認できた。

当団体の協力者より支援協力の申し出を受けたことから、被災者の避難生活に必要な支援物資の提供を行おうとこの度の事業計画に至った。国や自治体による人命救助や道路の復旧がなされ、現地にたどり着ける状況になった連絡を受け、現地を訪れることにした。

地震から2カ月が経過した現在も、崩壊した道路やインフラ、倒壊した建物など復旧・復興は非常に困難な状況にある。当団体が関わることになった珠洲市正院町の農村部でも、ビニールハウスの避難所で寒い冬を越さなければならない人々が大勢いる。それは、報道にもあるように、一旦は近郊の金沢市等に避難したものの、倒壊した家や田畑を放っておけず、被災地に戻る人も少なくないからだ。

そこで当団体は、生活に欠かせない飲み水と灯油を正院町のビニールハウス避難所に届けることを決めた。同時に、海外支援同様に、一方的に物を届けるだけでなく、支援先の物産品等を購入し、寄付協力者にも届ける"互いに分かち合える支援活動"が出来ないか検討を行った。現地に確認をとったところ、被災を免れた農産物の保管倉庫にさつま芋があり、卸先スーパーが倒壊し営業再開ができず、1トンもの出荷ができないままになっていた。

そこで、支援訪問時にそのさつま芋の在庫全てを買い取り持ち帰る計画を加えた。例え農村の一部であっても、望みが残されたところまで共倒れになってしまわぬよう、少しでも経済的な復興に役に立てて頂こうと、当団体の賛助会員を中心に協力を呼びかけた。(募金時の内容はこちら)

当日の現地訪問の記録はこちら

 


寄付金報告:
募金は1~4の使途目的別に行い、下記の通り寄附金を集めることができた。
募金内容受付数1口単価合計寄付金額
1飲料水支援1箱分(2Lx6本)442000¥88,000
2灯油支援1タンク(18L)323000¥96,000
3芋買取支援(2Kg)1852000¥370,000
4活動費等,使途は自由に…¥1,118,462
合計寄付収入高¥1,672,462
支援内容:
飲料水支援1箱分(2Lx6本) 150箱 合計1,800L
灯油支援 18Lx50 合計1,000L
さつま芋買取 合計1,244kg 
※当初1トンの予定を255kg追加で購入
内、400kg分は当団体の寄付協力者に発送
※当日、現地に手作りいちごジャムがあり
27本購入支援(バザー販売予定)

物資提供と買取支援につきまして、飲料水と灯油及び運搬、さつま芋購入支援の844kgを、真備町支援時の協力者、倉敷市の株式会社クラカン様がご提供下さいました。

ご協力により、当団体の寄付金の内、871,600円を本支援事業費として充当し、残高800,862円は、現在情勢が悪化しているミャンマーの緊急支援事業活動に役立てさせて頂きます。




2024年1月29日月曜日

令和6年能登半島地震支援事業(募金)

珠洲市の農家さん応援プロジェクト

令和6年能登半島地震で被災された皆さま、ご家族の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

当団体には北陸、特に石川県に賛助会員の皆さまが多くおられ、他の地域の皆さまより、支援についてのお問合せやご協力のお申し出を頂いておりました。被災地の皆さまより、無事であることや遠くの仲間より見舞いの連絡をうけ気持ちが救われたた、とのご連絡も頂き、皆さまの絆の深さ尊さを実感しております。

国内支援も海外支援と同様、当団体では被災直後は人命救助やインフラ復旧等の妨げにならないよう、状況が落ち着くまでは支援活動は行いません。つながりの中で直接の状況を把握し、必要性がある事で自分達ができる事を行うダイレクトアクションを基本とすることは国内でも同じです。

震災当日、被害の大きかった珠洲市にいた仲間にすぐ連絡をとることができました。近隣家屋が倒壊する中で幸いにして家屋倒壊は免れ、ご家族とビニールハウスを活用した避難所を自力設置、家屋倒壊した近隣の皆さんと避難しているという報告を受けました。

日々状況を確認しつつも、私達にできる手だてもなく、声をかける事しかできませんでしたが、なんとか道路が使える状態になり、自衛隊や行政関連の手厚い支えもあり、必要物品も支給され、皆さんが協力しあって困難を乗り越えている様子を伺っています。

「もっと大変なところがある、これだけですんだ、自衛隊も必死にしてもくれている…」、という北陸の皆さんの辛抱強い気質も感じられます。いずれにせよ不自由な生活が長引いていることに変わりはなく、何よりもこれからの復興が大きな課題になってくることは言うまでもありません。


そうした中、当団体にある地元企業さんより雪道対応のトラックによる物資運搬、物資提供のお申し出を頂きました。2018年12月、真備町の洪水で被災された皆さまに、当団体から電気毛布などを寄付させて頂いた際のまとめ役の方です。2月末~3月に能登半島の珠洲市に向かう事に致しました。(日程は調整中)

今回は、近隣住民の避難場所としてビニールハウスを提供している農家さんに水と灯油を届け、農作物の買取をさせて頂こうと考えています。


現在、飲み水や灯油類も食料品や生活物品、衣類等とともに配布されてもおり、皆さんで井戸を復旧させ、雪解け水を活用など知恵を働かせつつ、しのいでおられるそうです。

損得ではなくお互い様を貫くのが私の知る北陸の皆さんですが、家屋倒壊を免れ避難場所を提供しているこの農家さんに、飲み水と灯油をお届けし、必要に応じて皆さんと共有して頂けたらと考えています。

まだまだ余震も続いており、配給はあっても十分でなく、家屋倒壊がない家は人に提供はしても支援品は十分に受け取れていないのでは…と考えられるからです。

そして、一番の課題である1日もはやい復興をふまえ、色々と伺ってみると、倒壊を免れた倉庫に出荷予定だった農作物(さつま芋1トン)が残っているものの、卸していた店も全て壊滅的で見通しがつかないとのこと。

金沢で復興支援品として引き取ってくれる店も徐々に出てきているようですが、厳しい状況のようですので、それを買い取りさせて頂きたいと思います。

(写真はイメージです)

どんな災難でも、みんなを助けることはできません。繋がり・ご縁のある1人の人、1つの家族、1つの集落が少しでも元気になることをきっかけにして頂き、一日も早く復興に向けて日常を取り戻せるよう応援させて頂きたいと考えています。

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応援参加募集【締切ました】

※皆様より温かいご協力を頂き誠にありがとうございます。お申込み多数につき、一旦締切をさせて頂きます。お振込は16日までにお願い致します。ご報告は、当ブログにて来月以降に掲載させて頂きます。

下記からご希望の寄付目的をお知らせの上、2月16日までにお振込下さい。

1) 水提供 1口:2000円(2Lx6本目安)

2) 灯油提供 1口:3000円(18L+ポリタンク代目安)

3) さつま芋買取応援(2Kg) 1口:2000円(返送送料込)

※お送先のお名前・住所・電話番号をお知らせ下さい。(振込用紙に記載されるか、ATMやオンラインの場合LINEにてお知らせ下さい)

4) その他、現地入りの活動費含め応援寄付は金額問わず歓迎です

※(4)のみの方で2000円以上ご寄付の方にはお芋を返礼品としてお送りさせて頂きたくご協力、ご理解の程お願い致します。食べられない・不要という方はお知らせ下さい。

※返礼品の送料等、不足分が生じた場合はNPO資金にて補填致します。

※状況により、支援先、支援方法、支援物資内容や量、さつま芋の返礼品の内容や量が変更になる、他に必要な事があればそちらに活用する、最悪は現地に行けない等により中止となる場合もございます。何卒ご賛同、ご理解の上ご協力お願い申し上げます。

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買取農作物について

●品種:紅はるか(さつまいも)

●状態:土付きのまま保管されているもので、通常は水で洗浄し、干して後に出荷しているそうですが、今回は一切のこうした作業工程がない土付きのお芋です。

当然ですが、傷みや形がどうか、確認もできない状態のさつま芋ですのでご承知おきください。

本計画が決定し、現地と日程調整等を行っていましたが、農家の方が痛んだものはどうしても出したくないと、土を落とし干して出荷の準備を開始された、ということで報告写真が送られてきました。(2/4現在)

◆◆

「私は物はいらないので、寄付だけ…」というお申し出も誠に有難いのですが、今回は1トンものお芋とあり、できる限り多くの皆さんのご協力で買取をさせて頂き、皆さんに召し上がって頂きたいと思い、ご協力の皆さんには後日、個別配送させて頂きますので、どうかご協力参加下さい。

それが被災地の皆さんの復興の一つにつながる事を願い、この計画を立てさせていただいております。

地元の施設の食事材料に使う、お菓子の材料に使うなどの有難い提案も頂いています。できる限り多くの消費を前提とする購入を願っています。

干し芋にした高級品も人気の紅はるかです。皆さんの工夫、そしてお知り合いに紹介、お店や工場の材料や販売に…など、お受取り後は皆様それぞれの責任において行って頂くことを条件に、どんな形で役立てて頂いても構いません。

ご提案やご希望があれば、お気軽にご相談下さい。


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●bfgmember@ cealo-ngo.org(スペースを抜いてください)

にお問い合わせくださいませ。


2021年1月26日火曜日

ココナツ村のちいさな学校<続編> (第18期)

 <←前編はこちら>

前回、お伝えしたココナツ村で始まった小さな学校の子ども達のために、食事と文具を届けさせて頂きました。

「協力して欲しいから写真を送ったのではない!」と、現地のタンさんには、かなり拒否されたのですが(笑)、長~いおつきあいでそこは重々承知しております。

子ども達のためにさせて頂きたいという事を理解してもらい、お金を送らせてもらいました。その資金は、文具や衣類、毎日の食事代にして頂く事になりました。

子ども達は20人いて、お米は、3日で1俵なくなるそうで、村も大変な状態ですから相当大変だと思います。それでも何とかしないと村にも国にも将来がない、と頑張っている村のタンさん達を応援させてもらえて嬉しい限りです。

昨年、日本での研修にあんこ君と共に3ヶ月滞在していた"てちょう君(カウン・テッ・チョーという名前なので…)”も村にいますので、何とかお願いして写真も撮らせてもらえました!

てちょう君!!


前回の報告では、白ご飯だけでしたが、豆が入ったり!ちょっと色が付いた?ご飯や、焼きそばも!!!


てちょう君が書いてくれたのかな、「おはいようごさいます…」と「ありがとうごさいます」…、次はN4合格目指して頑張れ~~。

今は20人の子ども達が来て、朝ご飯を食べさせ、勉強をしているようです。タンさんはミャンマー人としてどう生きるべきか、そこが厳し~い方なので、そのお手本をしっかり背中でみせてくれている事だと思います。

都市閉鎖であっという間に15-20年前の状態に戻ってしまったようだという話を前回もお伝えしましたが、唯一異なるのは、こうして数日あれば何とかお金を送る事ができ、写真を撮ってデーターを送ってもらうことができるようになった事です。

かつては、日本に文章ひとつ、写真ひとつ送るのに、何日もかかりました。遠くの街に1軒、2軒、インターネット屋さんがあり、いわゆるネットカフェ…ですけれども(日本のそれとは大きく異なることは言うまでもないとは思いますが…)部屋に1台か2台のPCが置かれていて、賢そうな子があの手この手で送信してくれていたのを思い出します。

間に入る通訳の人もチンプンカンプンで苦労してましたが、今は毎晩のように現地にネット電話もでき、直接綿密に打ち合わせたり、やり方を教えたりしつつ、人とのつながりを強化することもできています。

今、海外送金はこれまでの銀行送金ではなく、Remitというサービスを使って簡単で早く安く送金ができ、相手が口座を持っている必要もない、という国際送金方法があります。
送る側と受け取る側の二国間間で、両替の必要もないんですね。(銀行送金はこれもあるため手数料が高い…)

今は銀行がRemitをやっているほど普及してます。昔の闇銀行?と同じ?仕組みだと思うのですが…。
ようは、こちらに送りたい人がいて、間に入る人”A”さんがお金を受け取り、実際に送ることなく、現地に住んでる"A”さんの仲間の"B"さんが相手にお金を渡してくれる、というようなものではないかと理解してます。

ミャンマーでは普通に昔から存在していたような"サービス"です(違法で捕まる!といいつつ内緒でやっている人はたくさんいました)。➡たぶん届もなく間で多少のお金を取るからだと思うのですが…、そういう正規の許可や税制も無いに等しかったですからね。

苦労しているところは、人と人のネットワーク・協力体制がすごいですね。人助けも人助けと思わずできるところが素晴らしい。時を経てそれが商用サービスとなって表れてくるのですが…。
色々規制や法律や税制を整え、誰かがコントロールする下でなければ通用しない世界と、そうでない世界…。
社会の仕組みに縛られて酷い!と言ったって、その社会の恩恵も受けながら便利な生活ができている事も事実。どちらも否定はできません。両方を兼ね備えた国が日本でありたいものです。

ココナツ村のようなミャンマーの昔ながらの村生活をおくる人々は、愚痴を言って社会のせいにして何もしない、という事はしません。
特に大人たちは、「近年の民主化によってグローバリズムがどんなものか、たった数年でも味わえた、得るものより失うものが大きい事が分かってよかった」、と口をそろえます。

…そう言うからには、何とかして次の子ども達のために頑張ろう、という想いが、この小さな学校に現れているのだろうと思っています。