2014年10月5日日曜日

第12期 9~10月スリランカ人道支援事業

事業種: 人道支援事業
事業名: 2014年9-10月 スリランカ人道支援 
開催日: 2014年9月27日~2014年10月4日
従業者: 12名
受益者: (訪問先参照)


 事業内容:
支援・訪問先:
  1. スリランカ・KGH活動センター(ベルワラ村)
  2. 国立コロンボ総合病院(Hospital Service Council )
  3. Kahawa、Matara幼稚園
  4. 北部トリンコマレー・Veherathanna村
主な事業内容:
  • 前年に引き続き、スリランカの現地NGO(Shihasara Foundation)と協働し、活動センター(KGH)を地元の学生ボランティアや日本人ボランティアとの交流協働体験の拠点として活用でき、貧困層への人道支援活動や地域奉仕、農業実習や研修などの事業が運営できるよう援助を行った。今回は、現地学生ボランティアと日本人が共に地元住民に協力参加を呼びかけバザーを開催したり、村への支援物資の準備作業を合宿して行ったり、事業運営資金の寄付を行うなど、センターを中心とした事業への協力を行った。
  • 1年前に、地元の協力団体(Hospital Service Council)からの要請により、日本国内に協力を呼びかけ、中古車いすを集め、修繕や整備を行い、日本から持参する協力を得ることができた。集まった14台の車いすを病院を訪れ直接寄付し、国から無償で医療を受けることができても、薬や治療代、退院後も継続した治療や障害が残った場合は自費負担であるため、保障を受けることができない貧困層に対し、車いすの提供を行った。長期入院中の子ども達を見舞い、おもちゃや衛生用品を配布した。
  • スマトラ沖大地震の津波被災地で、当団体の支援から開始された幼稚園2か所を訪問。前年に寄贈した庭の遊具の状況を確認し、遊戯に必要なCDプレーヤーや子ども達への玩具やおやつ、職員への食料品等を手渡した。引き続き現地NGOと協力し、継続した教育支援を行っていきたい。
  • 2009年内戦の終息から復興を進めている北部の村を訪れ、現地の人々と共に復興活動行っている軍と協力し、農機具や生活物資を100世帯に手渡し配布した。以前よりは、国からの住宅・農地の提供や井戸、トイレ建設も進み、手作りの家と自給自足により最低限の生活は取り戻しつつあるが、乾燥地帯のこの地域で農業が営め、ブロック製の家屋が持てるよう復興支援を行う軍とそれを支える現地NGOと引き続き協力し、可能な支援を行っていきたい。
 
 

 収支報告:

事業予算 <レート \1=Rs1.1509>

スリランカ人道支援
Kahawa、Matara幼稚園
北部内戦後の村支援
Shihasara F. 医療支援事業
学生奉仕プログラム応援
\491,936 
\363,678 
\237,969 
    \6,417 
合計\1,100,000 

2014年10月1日水曜日

<後半>スリランカDA

【9月30日~幼稚園訪問】

現地協力NGO(シハサラ・ファンデーション)と当団体が協力し、津波被災後に子ども達の為に設立した幼稚園を訪問。子ども達の元気な様子を見せてもらいました。前回訪問時に依頼のあった庭の遊具もできており、発表会用のステージも建設中。雨季の雨で水浸しになってしまう庭にもう少し土を入れてもらうことにしました。
幼稚園に通うのは2年ですが、毎年年末の発表会では、保護者や村の人たちに歌や踊りを披露していています。その練習、ということで私たちにも歌と踊りを見せてくれました。子ども達の笑顔は万国共通。お菓子とおもちゃを受け取る子ども達の嬉しそうな姿はどこヘ行っても同じですね。



訪問を終えてセンターに戻ると、さあ次の準備です。明日はセンターの前で、地元の学生ボランティアと共にチャリティーバザーマーケットを開催します。パッケージはもちろん、看板やテントの準備、値段つけも必要です。
これまでも、事業活動資金の調達のために、野菜を育てて販売していた地元の学生達。活動資金は生活が苦しい村の子ども達に学用品やお米を買って直接支援にしてきました。

今回はそんな彼らに、日本からの支援物資をバザーにして活動資金に役立ててもらおうという企画です。ぜひ自分達でもできる事業活動にしてもらいたいです。


【10月1日~マーケット!】


2007年に日本で行われた国際ハートエキスポの時に作ったWelcomeの旗を掲げて、マーケットをオープン!
センターの向かいにあるお店の方が応援してくれ、店の軒先を空け、机やかごも貸してくれて手伝ってくれました。
準備をしていると、テントも組み立て終えないうちにお客さんが次々と…!!11時半の予定を2時間以上も早めてオープン。

学生たちも張り切って呼び込みを続けます。
「ハンネ~(いらっしゃい)、ラーバイ(安いよ~)」と、ここは日本のバーゲン風に大きな声と笑顔で。

マーケットは炎天下、3時近くまで盛況が続き、売り切れも間近になったところで閉店。
なんと、4万ルピー近くの売り上げがありました!(約4万円)
マーケットの売り上げは、全額、センターを管理運営し、こうした学生達の活動を支えながら、スリランカ全国各地で人道支援活動を行っている僧侶、スブーティさんにお渡しし、学生達の活動に役立てて頂くことにしました。

マーケットを開催しながらも、詰まったトイレを直したり、棚を作ったりと、1日活発に動き続けた日本人の皆さん…。喜びを味わいほっとする間もなく、(ほっとしていた人は叱られながら…笑)明日の準備です。

ここで2名の方が帰国のためセンターを出発しましたが、最後の最後まで汗をかいて明日の準備もしっかり参加してやっていました。また、その陰で朝~昼~夜と全員の食事をずっと作り続けているメンバー(日本からの参加者&スリランカの現地ボランティア)の姿があります。みなさん、かっこいいですねーー!!!

【10月2日~3日 北部の村支援】

スリランカは、26年もの内戦が2009年まで続き、経済的にも厳しい状況が続いていましたが、内戦終結後は政情の安定とともに外資が押し寄せ、都市部はめまぐるしく経済発展を進めています。東南アジアの国は事情は異なれど、少なくとも私たちが支援訪問している国は、どこも同じように都市部はどんどん発展しています。そして同じように農村部を訪れると相変わらず生活が苦しい様子は変わらないように思います。

都市部で起きていることは自分達には関係はない、と思える方がむしろ幸せで、情報によって比較しやすい環境になってしまうせいか、「なぜ」という疑問や、「自分たちだって」という欲や不満が以前より多くなっている、ということはないでしょうか。

そんな思いを抱きながら、3年ぶりに訪れた北部の内戦跡地。相変わらずのでこぼこ道が続き、雨が2年間もまともに降っていないという過酷な状況という話を聞きながら村に到着。そこでは、軍の皆さんが村人と共に生活し、村の復興を共に行っており、また、私たちの訪問を笑顔で迎えてくれた村の人々の様子を伺い、嬉しく思いました。

この数年は農業を始めようにも井戸の水も枯渇してしまうほどの天候だったそうです。ほそぼそと自給自足が何とかできる範囲で、生活をささえる田畑を耕せと言っても無理な話だったそうです。今年は雨が降り始め、期待が持てるようになったため、農機具を100世帯の皆さんに使って頂こうと寄付をさせて頂きました。まだ家屋は手作りのものですが、軍の皆さんがトイレを数百か所既に作られており、国の補助も受けてブロック作りの家も少しずつ建ち始めているそうです。材料だけ購入し、あとは村民と兵隊さんで作る家。




戦争は大変なことではありますが、戦後、人々の生活が少しずつ良くなり平和な心持でいるということを村の人に伺ってほっとしました。

センターから村までは、実に車で7時間を要します。近くの町で1泊はしましたが、町での物資調達や運搬、セットのお手伝いをして下さった皆さん、ありがとうございました。

村を訪問しお昼を兵隊さんの居住区で頂き、早めに出発したつもりが、センターに到着したのは夜10時近くになっていました。

フラフラになって戻っても、調子の悪いトイレを直す人あり、掃除や片づけする人あり、と、みなさん根性が違います!!


【10月4日 出発前】

センターを出発するまでの1日は、次の誰かのために、センターをきれいに掃除、片づけです。寝具、道具、持ち込んだ色んな消耗品類も、あますことなく片づけ。保管しておくものは、湿気によるカビ対策も考えながら、洗えるものは全て洗濯。雨季の晴れ間をみつけては、外に干して、雲行きをみては、中にしまって…。ベットのマットや蚊帳も全てです。場所がどこであれ、拠点は日本と同じようにできる限りの衛生管理を行うようにして出発です。

今回ご参加の皆様、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

※今回ご参加の皆様からは、共に活動をした地元NGOと車いすを寄付した医療関係のNGOにそれぞれ10万円ずつの寄付をしてくださいました。

2014年9月30日火曜日

<前半>スリランカDAスタート ♪ 車いすが届きました!

中古車いすをスリランカに送るプロジェクト」を立案し呼びかけを始めたのは、ちょうど1年前の9月。1年かけて、東京と札幌で中古車いすが集められ、プロジェクト協力・参加者も少しずつ集まって、NPO法人グローバルハートスペースにより、「車いすをスリランカに持参しよう!」という企画が立ち上げられました。掃除やメンテナンス、保管や運搬に、いろいろな方がご協力下さって、持参ツアーにも9名の方が参加。やっと車いすをスリランカに届けることができました。

中心になって協力して下さった皆さんのブログも是非ご覧ください。

集まった車いすは14台、300kgを超える重さです。現地と国内と両方で航空会社に協力の事前交渉を繰り返し、渡航者10名の手荷物として現地まで運ぶことができました。コロンボの空港でも、現地協力者のサポートを受けて入国も無事にすませることができました。

<ご協力:健育会竹川病院様、スリランカ航空様>

今回のスケジュール *****

9月27日 到着~センター
9月28日 物資整理、買い物、物資準備
9月29日 コロンボ国立病院訪問・車いす寄付
9月30日 地元の幼稚園2か所訪問・支援物資配布
10月1日 センター前でマーケット開催、夜短期滞在者帰国
10月2日 北部トリンコマレ地区訪問、貧困層支援事業の応援(物資配布)1泊
10月3日 センターに戻る
10月4日 センター片づけ最終、夜帰国

***************

【9月27日~到着】

コロンボの空港から約2時間の移動で、スリランカの活動センター(KGH:カルナグローバルハーモニーセンター)に到着。荷物を運び終えたのも夜10時を回っていましたが、みなさん元気に到着です。早速、寝具の用意やセンターの使い方を説明して、いよいよダイレクトアクションのスタート♪

今回の参加者は、海外ダイレクトアクション経験者がほとんどですが、スリランカは初めて、という方が多いグループです。他の国では、移動が多く宿泊はホテルだったり、もしくは、管理する駐在人がいるセンターだったりしますが、スリランカでは普段は無人のセンターを中心に活動し滞在もする拠点として活用しています。

このセンターは、2009年~2011年に、ミャンマー人と日本人で3か月合宿研修を行った場所です。管理運営は地元NGO・シハサラファンデーションが行っていますが、センターに常駐しているスタッフは現在おらず、私たちが利用させて頂く際は、現地のボランティアの皆さんが掃除やメンテナンスに来られ、滞在中は数名のボランティアの皆さんが宿泊してサポートしてくれています。

私たちはお客さんではないし、現地の皆さんと同じ奉仕者として協働し、日本人が来るたびに良くなるセンターになるよう協力をして頂くことを参加者にお願いをしました。

団体行動や特に合宿では、ルールを決める、担当や当番を決めてやる、といった話が出てきがちですが、「DA(ダイレクトアクション)や奉仕を真に体験する」ということが目的ならばどうでしょう。「どうしたら相手や周りの人が心地よくなるか、次の人に役立つか」と、心で感じ、工夫や改善をしながら自主的に動くことが奉仕には大事だと思います。決まりや役割分担がその妨げになったり、かえって中途半端になったり、規則や指示がなければできないない、ということにもつながり、そもそもの目的から遠ざかることになりかねません。

せっかくの体験の機会。日頃から日本でも奉仕ができる機会とあらば足を運んで汗を流しているメンバーだからこそ、今回は更なるレベルアップを目指していただき、支援活動以外でも、センターや仲間に対する奉仕をしっかり行い、更に経験を積んで頂きたいと思います。

このセンターでは、水道、電気、ゴミ、調理、食事、トイレ、寝具、洗濯…生活のすべてに関わることは、自分の事は自分で最期までやり届ける、ということが求められます。例えば、ゴミひとつとってみても、ゴミの収集など来ません。そこでどうするか、です。また、停電も頻繁に起きていますが、卓上の電気湯沸かしポットを使っていると、お湯を台所でわかして来よう、という事さえもさっと浮かんできません。台所?そこですよ、皆さんのセンターだから自由に使ってください、と言われても、遠慮があったり、または、誰かがやるだろうと無意識に人を頼りにしようとしたり…、色んなものが出てきます。

こうした生活に関わることはもちろん、支援活動の物資に関わる準備や段取りも、自分で考えて自分から行動すること、それをどう団体行動にするかを自分達で考えて行動することを今回のグループ課題にさせて頂きました。






9/28 車いすを整備/改造
【9月28日~準備】

荷解きをし、車いすの組み立てを行い、物資の仕分けや準備、現地での追加物資調達も、スリランカの学生メンバーと一緒に皆さん中心に行って頂きました。

早速、センターに滞在中の脳腫瘍で体が不自由になってしまった女の子のために、持参した車いすの中から適切なものを選んで調整。不自由になった首をお母さんがずっと手で支えている状況を少しでも助けられたら…。センターにある材料や道具を使い、背もたれを伸ばしてクッションをつけ、ヘッドレストを作って改造しました。

同時に、持参した沢山の物資を分類し、数を数えて支援先ごとに手渡し用の袋詰めを行います。タオルや石けん、歯ブラシ、文具など、種類も色々です。不足品は現地で買い足して、今回訪問予定の病院用、幼稚園用、村用のセットが次々に作られていきました。

現在、スリランカでは若者ボランティアチームが頑張りを見せていることから、マーケットプロジェクトを提案し、たくさんの持参物資の中から、バザー用の物品を選んでパッケージをしてもらいました。10月1日にセンターがある村でバザー開催を決定。野菜を作って売りながら活動資金を作っていた学生達に体験してもらい、バザー収入を役立てるよう、ぜひともプロジェクトを継続実施してもらいたいと思います。


【9月29日~病院訪問】


車いすと、入院中の子ども達に手渡す物資を持ってコロンボの国立病院を訪問。この病院では、治療は無料で受けられるものの、薬や退院後に必要なケアについては自費負担です。今回の私たちの協力は、医療費負担が困難な貧困層の方々のサポートを30年来行っているHospital Service Councilを通じ、入院中は病院の車いすを利用できても、退院後も障害が残ってしまったという方々に差し上げられる車いすとして役立てて頂きます。

集まった病院関係者の皆さんに、日本からの車いすを手渡し、長期入院中の子ども達におもちゃやタオルなどの生活用品をプレゼントさせて頂きました。廃棄処分になる車いすが1年かけ、たくさんの人の手で命を吹き返して再びここスリランカで役立ってくれます。




<今日の感想…>
スリランカにもたくさん車いすは安くあるのに…。それでも「日本製がいいんだ」と言ってくださるスリランカの皆さんの言葉が心に刺さります。以前はただ嬉しく誇りに感じたこともありましたが、今は「本当に日本製はいいだろうか」、我々の前の時代の日本人が気づきあげてきた技術を継承しているだろうか、と疑問に思うことが多くなってきたからです。

技術者のせいではありません。日本に生まれ育った私たちが、何を選択してきたか、何を大事にしてきたかだと思います。日本の技術力を大きく支えてきたのは、勤労精神、奉仕の心だと思います。誰かの、何かの役に立ちたい、使う人に長く役立ててもらえるものを…、そうした気持ちなくして素晴らしい技術などできないと思うのです。

南・東南アジアのどこのどんな田舎に来ても、技術は日本の代名詞のように耳にします。欧米なら「フジヤマ、ゲイシャ(古いですか…?!)」良くいって「ホスピタビリティ」かもしれませんが、アジアでは必ず「ジャパン・テクノロジー」なのです。戦前戦後の機械だってまだ動いている。壊れにくい、部品を買えればずっと使える。まさに、使う人を想う奉仕の心が物を通じて生きているからだと思います。

ジャパン・テクノロジーと聞くたびに、前世代の方々への尊敬の念と、何とか継承していかなければという責任感は強くなるばかりです。これまで培われてきた日本の宝を無くしてはいけない。自分に車や機械は作れませんが、奉仕の心や勤労精神は自分で啓発し行動することはできます。いろんな情報に振り回されず、自分が大事にしたいことをしっかり中心において生きたい、と、アジアに来させて頂くたびに思うところです。