CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの設立以来、長らく当団体の活動に積極的に参加され、2006年に本部を石川県に移動して以降、事務局の賛助会員管理ボランティアとしてご尽力くださっていた藤井かおるさんが、平成27年1月24日に他界されました。当団体の賛助会員の全ての皆様の窓口を担って下さっていたため、ここにご報告させて頂きます。
昨年末の27日に、「今年最後のご奉仕」と、事務局にかけつけ、皆さまからのご寄付を記帳してくださいましたが、その数日後にご家族より緊急入院をされた連絡が入りました。最後の最後まで、当団体の活動に尽力くださり、長年の地道なご奉仕に心から感謝とご冥福への深い祈りを捧げます。
かおるさんは、ミャンマー、カンボジア、スリランカの事業にも何度も参加され、孤児院や村を訪れ子ども達と触れ合うことを喜びとされ、事業参加できない時でも何かできることがあれば、と手を挙げてくれたのが賛助会員の皆様の名簿管理や寄付金(Myページ作成)管理でした。事業活動に参加されない方、お会いすることもない方でも、地道にみんなが少しずつ心・寄付金を寄せながら当団体の活動があることの有難さと素晴らしさを誰よりも感じてくださり、また、最後まで地道に奉仕を全うされたことに、感謝しかありません。
この場をお借りしまして…、かおるさん、どうもありがとう。後のことは仲間にまかせ、安心してゆっくりお休みください。また、これからも一緒に歩んでいきましょう。
亜弥迦
2015年1月25日日曜日
2014年10月5日日曜日
第12期 9~10月スリランカ人道支援事業
事業種: 人道支援事業
事業名: 2014年9-10月 スリランカ人道支援 開催日: 2014年9月27日~2014年10月4日
従業者: 12名
受益者: (訪問先参照)
事業内容:
支援・訪問先:- スリランカ・KGH活動センター(ベルワラ村)
- 国立コロンボ総合病院(Hospital Service Council )
- Kahawa、Matara幼稚園
- 北部トリンコマレー・Veherathanna村
- 前年に引き続き、スリランカの現地NGO(Shihasara Foundation)と協働し、活動センター(KGH)を地元の学生ボランティアや日本人ボランティアとの交流協働体験の拠点として活用でき、貧困層への人道支援活動や地域奉仕、農業実習や研修などの事業が運営できるよう援助を行った。今回は、現地学生ボランティアと日本人が共に地元住民に協力参加を呼びかけバザーを開催したり、村への支援物資の準備作業を合宿して行ったり、事業運営資金の寄付を行うなど、センターを中心とした事業への協力を行った。
- 1年前に、地元の協力団体(Hospital Service Council)からの要請により、日本国内に協力を呼びかけ、中古車いすを集め、修繕や整備を行い、日本から持参する協力を得ることができた。集まった14台の車いすを病院を訪れ直接寄付し、国から無償で医療を受けることができても、薬や治療代、退院後も継続した治療や障害が残った場合は自費負担であるため、保障を受けることができない貧困層に対し、車いすの提供を行った。長期入院中の子ども達を見舞い、おもちゃや衛生用品を配布した。
- スマトラ沖大地震の津波被災地で、当団体の支援から開始された幼稚園2か所を訪問。前年に寄贈した庭の遊具の状況を確認し、遊戯に必要なCDプレーヤーや子ども達への玩具やおやつ、職員への食料品等を手渡した。引き続き現地NGOと協力し、継続した教育支援を行っていきたい。
- 2009年内戦の終息から復興を進めている北部の村を訪れ、現地の人々と共に復興活動行っている軍と協力し、農機具や生活物資を100世帯に手渡し配布した。以前よりは、国からの住宅・農地の提供や井戸、トイレ建設も進み、手作りの家と自給自足により最低限の生活は取り戻しつつあるが、乾燥地帯のこの地域で農業が営め、ブロック製の家屋が持てるよう復興支援を行う軍とそれを支える現地NGOと引き続き協力し、可能な支援を行っていきたい。

収支報告:
事業予算 <レート \1=Rs1.1509>
| スリランカ人道支援 | ||
| Kahawa、Matara幼稚園 北部内戦後の村支援 Shihasara F. 医療支援事業 学生奉仕プログラム応援 | \491,936 \363,678 \237,969 \6,417 | |
| 合計 | \1,100,000 |
2014年10月1日水曜日
<後半>スリランカDA
【9月30日~幼稚園訪問】
現地協力NGO(シハサラ・ファンデーション)と当団体が協力し、津波被災後に子ども達の為に設立した幼稚園を訪問。子ども達の元気な様子を見せてもらいました。前回訪問時に依頼のあった庭の遊具もできており、発表会用のステージも建設中。雨季の雨で水浸しになってしまう庭にもう少し土を入れてもらうことにしました。
幼稚園に通うのは2年ですが、毎年年末の発表会では、保護者や村の人たちに歌や踊りを披露していています。その練習、ということで私たちにも歌と踊りを見せてくれました。子ども達の笑顔は万国共通。お菓子とおもちゃを受け取る子ども達の嬉しそうな姿はどこヘ行っても同じですね。

訪問を終えてセンターに戻ると、さあ次の準備です。明日はセンターの前で、地元の学生ボランティアと共にチャリティーバザーマーケットを開催します。パッケージはもちろん、看板やテントの準備、値段つけも必要です。
これまでも、事業活動資金の調達のために、野菜を育てて販売していた地元の学生達。活動資金は生活が苦しい村の子ども達に学用品やお米を買って直接支援にしてきました。
今回はそんな彼らに、日本からの支援物資をバザーにして活動資金に役立ててもらおうという企画です。ぜひ自分達でもできる事業活動にしてもらいたいです。
【10月1日~マーケット!】
2007年に日本で行われた国際ハートエキスポの時に作ったWelcomeの旗を掲げて、マーケットをオープン!
センターの向かいにあるお店の方が応援してくれ、店の軒先を空け、机やかごも貸してくれて手伝ってくれました。
準備をしていると、テントも組み立て終えないうちにお客さんが次々と…!!11時半の予定を2時間以上も早めてオープン。
学生たちも張り切って呼び込みを続けます。
「ハンネ~(いらっしゃい)、ラーバイ(安いよ~)」と、ここは日本のバーゲン風に大きな声と笑顔で。
マーケットは炎天下、3時近くまで盛況が続き、売り切れも間近になったところで閉店。
なんと、4万ルピー近くの売り上げがありました!(約4万円)
マーケットの売り上げは、全額、センターを管理運営し、こうした学生達の活動を支えながら、スリランカ全国各地で人道支援活動を行っている僧侶、スブーティさんにお渡しし、学生達の活動に役立てて頂くことにしました。
マーケットを開催しながらも、詰まったトイレを直したり、棚を作ったりと、1日活発に動き続けた日本人の皆さん…。喜びを味わいほっとする間もなく、(ほっとしていた人は叱られながら…笑)明日の準備です。
ここで2名の方が帰国のためセンターを出発しましたが、最後の最後まで汗をかいて明日の準備もしっかり参加してやっていました。また、その陰で朝~昼~夜と全員の食事をずっと作り続けているメンバー(日本からの参加者&スリランカの現地ボランティア)の姿があります。みなさん、かっこいいですねーー!!!
【10月2日~3日 北部の村支援】
スリランカは、26年もの内戦が2009年まで続き、経済的にも厳しい状況が続いていましたが、内戦終結後は政情の安定とともに外資が押し寄せ、都市部はめまぐるしく経済発展を進めています。東南アジアの国は事情は異なれど、少なくとも私たちが支援訪問している国は、どこも同じように都市部はどんどん発展しています。そして同じように農村部を訪れると相変わらず生活が苦しい様子は変わらないように思います。
都市部で起きていることは自分達には関係はない、と思える方がむしろ幸せで、情報によって比較しやすい環境になってしまうせいか、「なぜ」という疑問や、「自分たちだって」という欲や不満が以前より多くなっている、ということはないでしょうか。

そんな思いを抱きながら、3年ぶりに訪れた北部の内戦跡地。相変わらずのでこぼこ道が続き、雨が2年間もまともに降っていないという過酷な状況という話を聞きながら村に到着。そこでは、軍の皆さんが村人と共に生活し、村の復興を共に行っており、また、私たちの訪問を笑顔で迎えてくれた村の人々の様子を伺い、嬉しく思いました。
この数年は農業を始めようにも井戸の水も枯渇してしまうほどの天候だったそうです。ほそぼそと自給自足が何とかできる範囲で、生活をささえる田畑を耕せと言っても無理な話だったそうです。今年は雨が降り始め、期待が持てるようになったため、農機具を100世帯の皆さんに使って頂こうと寄付をさせて頂きました。まだ家屋は手作りのものですが、軍の皆さんがトイレを数百か所既に作られており、国の補助も受けてブロック作りの家も少しずつ建ち始めているそうです。材料だけ購入し、あとは村民と兵隊さんで作る家。

戦争は大変なことではありますが、戦後、人々の生活が少しずつ良くなり平和な心持でいるということを村の人に伺ってほっとしました。
センターから村までは、実に車で7時間を要します。近くの町で1泊はしましたが、町での物資調達や運搬、セットのお手伝いをして下さった皆さん、ありがとうございました。
村を訪問しお昼を兵隊さんの居住区で頂き、早めに出発したつもりが、センターに到着したのは夜10時近くになっていました。
フラフラになって戻っても、調子の悪いトイレを直す人あり、掃除や片づけする人あり、と、みなさん根性が違います!!
【10月4日 出発前】
センターを出発するまでの1日は、次の誰かのために、センターをきれいに掃除、片づけです。寝具、道具、持ち込んだ色んな消耗品類も、あますことなく片づけ。保管しておくものは、湿気によるカビ対策も考えながら、洗えるものは全て洗濯。雨季の晴れ間をみつけては、外に干して、雲行きをみては、中にしまって…。ベットのマットや蚊帳も全てです。場所がどこであれ、拠点は日本と同じようにできる限りの衛生管理を行うようにして出発です。
今回ご参加の皆様、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
※今回ご参加の皆様からは、共に活動をした地元NGOと車いすを寄付した医療関係のNGOにそれぞれ10万円ずつの寄付をしてくださいました。
現地協力NGO(シハサラ・ファンデーション)と当団体が協力し、津波被災後に子ども達の為に設立した幼稚園を訪問。子ども達の元気な様子を見せてもらいました。前回訪問時に依頼のあった庭の遊具もできており、発表会用のステージも建設中。雨季の雨で水浸しになってしまう庭にもう少し土を入れてもらうことにしました。
幼稚園に通うのは2年ですが、毎年年末の発表会では、保護者や村の人たちに歌や踊りを披露していています。その練習、ということで私たちにも歌と踊りを見せてくれました。子ども達の笑顔は万国共通。お菓子とおもちゃを受け取る子ども達の嬉しそうな姿はどこヘ行っても同じですね。
訪問を終えてセンターに戻ると、さあ次の準備です。明日はセンターの前で、地元の学生ボランティアと共にチャリティーバザーマーケットを開催します。パッケージはもちろん、看板やテントの準備、値段つけも必要です。
これまでも、事業活動資金の調達のために、野菜を育てて販売していた地元の学生達。活動資金は生活が苦しい村の子ども達に学用品やお米を買って直接支援にしてきました。
今回はそんな彼らに、日本からの支援物資をバザーにして活動資金に役立ててもらおうという企画です。ぜひ自分達でもできる事業活動にしてもらいたいです。
【10月1日~マーケット!】
2007年に日本で行われた国際ハートエキスポの時に作ったWelcomeの旗を掲げて、マーケットをオープン!センターの向かいにあるお店の方が応援してくれ、店の軒先を空け、机やかごも貸してくれて手伝ってくれました。
準備をしていると、テントも組み立て終えないうちにお客さんが次々と…!!11時半の予定を2時間以上も早めてオープン。
学生たちも張り切って呼び込みを続けます。「ハンネ~(いらっしゃい)、ラーバイ(安いよ~)」と、ここは日本のバーゲン風に大きな声と笑顔で。
マーケットは炎天下、3時近くまで盛況が続き、売り切れも間近になったところで閉店。
なんと、4万ルピー近くの売り上げがありました!(約4万円)
マーケットの売り上げは、全額、センターを管理運営し、こうした学生達の活動を支えながら、スリランカ全国各地で人道支援活動を行っている僧侶、スブーティさんにお渡しし、学生達の活動に役立てて頂くことにしました。
マーケットを開催しながらも、詰まったトイレを直したり、棚を作ったりと、1日活発に動き続けた日本人の皆さん…。喜びを味わいほっとする間もなく、(ほっとしていた人は叱られながら…笑)明日の準備です。
ここで2名の方が帰国のためセンターを出発しましたが、最後の最後まで汗をかいて明日の準備もしっかり参加してやっていました。また、その陰で朝~昼~夜と全員の食事をずっと作り続けているメンバー(日本からの参加者&スリランカの現地ボランティア)の姿があります。みなさん、かっこいいですねーー!!!
【10月2日~3日 北部の村支援】
スリランカは、26年もの内戦が2009年まで続き、経済的にも厳しい状況が続いていましたが、内戦終結後は政情の安定とともに外資が押し寄せ、都市部はめまぐるしく経済発展を進めています。東南アジアの国は事情は異なれど、少なくとも私たちが支援訪問している国は、どこも同じように都市部はどんどん発展しています。そして同じように農村部を訪れると相変わらず生活が苦しい様子は変わらないように思います。
都市部で起きていることは自分達には関係はない、と思える方がむしろ幸せで、情報によって比較しやすい環境になってしまうせいか、「なぜ」という疑問や、「自分たちだって」という欲や不満が以前より多くなっている、ということはないでしょうか。

そんな思いを抱きながら、3年ぶりに訪れた北部の内戦跡地。相変わらずのでこぼこ道が続き、雨が2年間もまともに降っていないという過酷な状況という話を聞きながら村に到着。そこでは、軍の皆さんが村人と共に生活し、村の復興を共に行っており、また、私たちの訪問を笑顔で迎えてくれた村の人々の様子を伺い、嬉しく思いました。この数年は農業を始めようにも井戸の水も枯渇してしまうほどの天候だったそうです。ほそぼそと自給自足が何とかできる範囲で、生活をささえる田畑を耕せと言っても無理な話だったそうです。今年は雨が降り始め、期待が持てるようになったため、農機具を100世帯の皆さんに使って頂こうと寄付をさせて頂きました。まだ家屋は手作りのものですが、軍の皆さんがトイレを数百か所既に作られており、国の補助も受けてブロック作りの家も少しずつ建ち始めているそうです。材料だけ購入し、あとは村民と兵隊さんで作る家。

戦争は大変なことではありますが、戦後、人々の生活が少しずつ良くなり平和な心持でいるということを村の人に伺ってほっとしました。
センターから村までは、実に車で7時間を要します。近くの町で1泊はしましたが、町での物資調達や運搬、セットのお手伝いをして下さった皆さん、ありがとうございました。
村を訪問しお昼を兵隊さんの居住区で頂き、早めに出発したつもりが、センターに到着したのは夜10時近くになっていました。
フラフラになって戻っても、調子の悪いトイレを直す人あり、掃除や片づけする人あり、と、みなさん根性が違います!!
【10月4日 出発前】
センターを出発するまでの1日は、次の誰かのために、センターをきれいに掃除、片づけです。寝具、道具、持ち込んだ色んな消耗品類も、あますことなく片づけ。保管しておくものは、湿気によるカビ対策も考えながら、洗えるものは全て洗濯。雨季の晴れ間をみつけては、外に干して、雲行きをみては、中にしまって…。ベットのマットや蚊帳も全てです。場所がどこであれ、拠点は日本と同じようにできる限りの衛生管理を行うようにして出発です。
今回ご参加の皆様、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
※今回ご参加の皆様からは、共に活動をした地元NGOと車いすを寄付した医療関係のNGOにそれぞれ10万円ずつの寄付をしてくださいました。



