2020年8月18日火曜日

第17期 2月ミャンマー人道支援事業

第17期 令和2年2月ミャンマー人道支援

事業種: 人道支援事業

事業名: 2020年2月ミャンマー人道支援 
開催日: 2020年2月5日~2020年2月17日
従業者: 17名

 事業内容:
支援・訪問先:
  1. SPT寺子屋  2. PDY村(バガン近)3.ダビニュ寺院 4.Z村マーケット 5.日本語プロジェクト
主な事業内容:
 毎年恒例のボランティア体験研修企画とタイアップし、11名の日本人ボランティアと共に次の訪問先で支援活動を行った。今回は、事業実施の直前に新型コロナウィルス感染の発生ニュースが報道されたが、その時点では影響がない状況であり、参加申込者にキャンセルはなく、医師と看護師職の参加もあったため決行。帰国後しばらくして日本社会への影響が増大し始め、徐々に出入国もできない状況になった。幸い支援先、訪問者全員影響を受けることはなく無事終了することができた。

1. 継続支援を行っているモン州のSPT寺子屋を訪れ、米代を寄付
2. 国内でも雨量が少なく農産物が育たない地域にあるPDY村を訪問、数年前当団体が井戸や配水を寄付した村を訪問、持参した衣類や雑貨、果物等を寄付
3. バガンの旧日本軍慰霊碑を祀る寺院を訪れ、清掃奉仕をし、長年管理を行っている寺院に寄付
4. モン州Z村を訪れ、日本から持参した衣類で現地のボランティアメンバーがマーケットを開催、収益は現地奉仕者の活動に役立てることを知らせると大勢の村の人々が協力参加した。
5. モン州Z村にある、現地スタッフが村で自費運営している私塾を訪問、寄宿している子ども達に文具や衣類、バッグ等をプレゼント、学校運営費を寄付。中学生が中心だが、この学校で日本での学習を目指す20代の若者も学んでおり、引き続きここから日本語習得を目指す学生が現れることが期待される。





人道支援事業

SPT孤児院
教育事業
PDY村
ダビニュ
¥77,519
\16,667
\43,372
\95,019

合計
¥232,578

2020年8月14日金曜日

第17期 人道支援事業ー人材育成・教育事業

第17期 令和元年度(ミャンマー人道支援)

事業種:人道支援事業ー人材育成・教育支援事業

事業名: 2019年度人材育成・教育支援事業
開催日: 2019年7月1日~2019年6月30日
従業者: 4名
人道支援事業/人材育成・教育支援事業

事業/収支報告
事業種: 人道支援事業関連事業(令和元年度 第17期 R1/7/1~R2/7/31)
事業名:
1.人材育成・教育支援事業(日本国内)
2.人材育成・教育支援事業(海外支援先)

対象者:  
  1. 当団体の現地自立人道支援事業の活動に関わり、リーダー的役割を担い、意欲的に事業に取り組む者の中で日本で体験学習をすることにより、母国での活動促進につながると見込まれる者、又はその中から日本留学等を目指す者 
事業内容 (日本国内) 

令和1年10月06日~12月25日  

Jimichi Myanmar(以下JMC)の社員で教育プログラムを受講中のAung Ko Latさん、Kaung Theit Kyoさん2名来日 
●約半年間、JMCの教育研修機関、Min Oo氏のもとで日本語を学んだ2名の若手社員さんに日本を訪問してもらい、日本語の集中プログラムを実施。日本語能力試験の受験にも挑戦してもらった。滞在中は、拠点にて日本人ボランティアと共に生活体験し、交流も楽しんでもらった。また、拠点で実施した日本・ミャンマーの絆を表す記念碑の建立制作やアメリカ人との交流プログラム等にも参加してもらい、当団体の活動にも理解を深めてもらうことができた。

主な実施場所:日本国内(主に活動拠点)
総勢約18名のボランティア

事業費用途金額
国内実施の教育・人材育成事業
\546,772

合計事業費
\546,772

2020年7月30日木曜日

第17期 情報提供に関わる事業会計報告

令和元年事業年度(第17期) 情報提供に関わる事業会計報告

事業/収支報告 
事業種: 機関紙発行等による社会奉仕・人道支援に関する情報提供事業 
事業期間:令和元年度 第17期/令和1
/07/1~令和2/06/30
事業名: ① インターネットウェブサイトによる情報提供 

 事業内容
目的:
当団体の独自の活動指針である「ダイレクトアクション」「心繋がる国際協力」をベースに、事業活動目的、活動内容を国際協力や当団体に関心を持つ人々に分かりやすく伝える。事業会計報告はウェブサイト、会報等を通じ一般公開し、人道支援事業への理解と協力を求める。
1)インターネットウェブサイトによる情報提供 
http://www.cealo-ngo.org
①サイト運営と管理を継続して行うため、実質、当団体の運営メンバーが所属する、陽月堂㈱に業務委託し、これまで同様に活動報告のブログ更新、会計報告、サイトの管理を行っている。
拠点移転後、ドメイン、サーバー利用料、通信料等は陽月堂㈱が支払いを負担。
②Windows7のサポート終了に伴うPC買い替え

2)業務委託内容
前期に引き続き、拠点を中心とした情報発信や提供、窓口対応は、ミャンマー人社員やアルバイトを雇用する関連企業(陽月堂)への業務委託により行った。また、当団体のボランティアや協力者、拠点を訪れる訪日メンバーからの協力もこれまでと変わらず得る事ができている。

情報提供事業業務委託費 10,00012か月
Windows10 デスクトップ 97,335円

事業支出総額 \217,335

2020年6月11日木曜日

第17期 支援物資回収事業(会計報告) 

 第17期 支援物資回収事業(会計報告) 

人道支援事業/主に日本国内で行う人道支援事業に対するボランティア活動
事業/収支報告 
 事業種: 人道支援事業関連事業 
       (令和元年度 第17期/R01/7/102/06/30
 事業名:  支援物資回収・保管/発送
 対象者: 不特定多数の貧困層、孤児院、学校、病院等


支援物資回収事業

事業目的
海外訪問支援のための物資の回収は、現在訪問回数が減っており、特に令和2年2月以降、コロナ感染症の影響により渡航ができず、現地に届けることができない状況のため、募集は特にしていないものの、相変わらず全国から送られてくる物資は常にある。
また、次回訪問を楽しみに自宅等に集めたものを保管し、訪問準備期に合わせて持参や空港発送をしようと、当団体の活動への心強い理解と協力を寄せる人も全国で継続活動している。
期間
通年
主な実施場所
物資回収: 日本国内 (主に、活動拠点の倉庫)
配布:  ミャンマー
従業者: 30名のボランティア
支出額
倉庫賃料を負担
目的事業
運送/保管料
事業委託料(陽月堂)
10,000x12
ヶ月
\120,000

合計事業費
\120,000


2020年6月10日水曜日

新たな教育・人材育成事業

<ミャンマー人道支援事業の補足資料>

外国人を労働者として受入れ始めた日本、
私たちがやってきたこと

平成の終わりに日本の外国人就労を巡って法改正が進み、多くの指摘や課題を抱えたまま、新たな「特定技能」の在留資格が設けられました。外国人に人手不足の現場で活躍してもらおう、というビザです。この制度については、最後に述べます。


当団体は、ミャンマーの子ども達への物資配布を中心とした支援を行ってきました。彼らが支援だけに頼らず自立できる事を念頭に、経済的な自立と社会的貢献の両立ができる大人になってもらいたいと考え、教育支援や人の育成事業を始めるようになりました。

私たちの支援先では、貧困から教育の機会に恵まれてない子弟が多く、若者の多くが村に残るか、村を出てもまた戻ってきます。”よい事”だと思いたいのですが、「他に選択肢がなく仕方がなくて」という理由であれば残念なことです。

「このままここにいたら共倒れとなる、せめて子どもだけでも学ばせたい」と、遠くの寺子屋に預けた親の願いむなしく、世代を経ても貧困のまま苦しさを繰り返す、という現状があるのです。

もし、村を支える若者に広い見分や、しっかりと身についた知識や技術、そして村や町全体を幸せにしたいという意欲と行動力があれば、村に明るい将来をもたらすことができます。時間はかかりますが、これが今の教育支援・人育て事業を始めた理由でした。

長い時間をかけ努力を重ねて、やっと日本とミャンマーで活躍する若者が出てくるようになったかな、と思っている間に、「ミャンマー人技能実習生失踪、人権無視の過酷労働で訴え…」などの報道を耳にするたびにため息が出てしまいます。
そして、”単純労働”でも働ける!というビザができて…。

日本に何しに行くの?

ミャンマー人は日本をめざし、日本の企業は外国人雇用を推進する…。経済活動を中心に日本とミャンマーの利害が一致し、都合よく利用し合うだけの関係にならなければよいのですが…。

新たな在留資格の前に「技能実習制度」がありました。今もありますが、そもそもその制度は、日本が「途上国への国際協力」を目的に、途上国の若者が日本の企業内で実習することで技術移転をめざすという制度でした。

この趣旨は、私たちの想いに近く、私たちの研修にも導入できないか、と講習会にも足を運びましたが、資金や規模の要件を満たさず、質問しても相手にもされず断念しました。

しかし、数年の間にこの技能実習制度を巡って問題が続出。外国人が騙され、安月給でこき使われるといった報道が目立ちますが、一方で、外国人側が会社や日本人の足元を見てずるい事をやる、違法なことも平気、犯罪も犯してしまうという事も多々起きています。
あるいは、過剰な優遇で上げ膳据え膳になって勘違いさせてしまったり、同じ職場で働く日本人社員が不満になり、それがイジメにつながったりすることも…。

陽月堂(株)で働くミャンマー人が、ミャンマーの若者によく話をしていました。高いお金を借金して日本語学校に数か月行って、「介護なんかしたくない」と言いながら、受入れ企業が決まるのを待っている、日本に何しに行くの?恥かきにいくの?と。それはこういう理由があるからなのですね。

私たちがこれからできること

当団体の教育支援・人材育成の研修は、入門日本語を母国で学ぶ段階から対象を絞っています。更に積極的な学生には、日本語力アップや生活向上の意識付けを効果的に行うため、日本人と共同生活をし、学習や奉仕活動を共にする体験をしてもらいます。

語学の習得には、その国の文化や習慣、社会的な背景や国民性を生活の中で体感する事が一番の近道です。同時に、日本人との共同生活は、衛生的観念や環境整備への意識をシフトさせ、知識・知恵・工夫も自然に身につくことから、技能や活用能力を培うキャリア教育の場としては最適だと考えています。

こうした研修は、これまでに通算で言えば100名近くを日本に招いてきました。一度来て終わり、という人もいますが、来日の体験を活かして、村や孤児院、学校等で積極的に奉仕活動をしたり、私たちが現地で活動の際に現地スタッフとして参加する人も、特にミャンマーに多くいます。

短期的な研修では、ある程度の効果は見込めてもそれは限定的です。NPOの研修は日本滞在ビザの限度が3か月迄と限られており、特に語学や技術的な事に関しては短かすぎて、習得したことを活かせるようなレベルには至りません。一方で、途切らせることなく長期間学び続けた人は、素晴らしい成長と活躍を見せてくれています。

当団体の有志が立ち上げた陽月堂(株)の設立に関わり、現在は代表になって活動を続けているミャンマー人もいます。その人の故郷の村では、継続的な農産業事業を行えており、日本人との交流事業も毎年行っています。村では日本との繋がりを深く感じてくれる人も増えてきました。

こうした事例を踏まえ、強い意欲のある若者対象に、日本語留学の援助を3年前から始めました。今年、また1名が日本語留学を終え、陽月堂に入社する事ができました。このやり方は、年月を要し、本人の強い意思と相当の努力も必要、一人だけにかかる費用や時間、労力も必要です。
また、この段階まで頑張れる若者の数は少ないのですが、地道に努力を続ければ少しずつ変化に繋がってくるということを感じているところです。

自立支援の仕上げまで…

この技能実習制度の後に出来たのが「特定技能」という新たな在留資格…ビザです。技能実習制度は、国際協力だなんて言いながら実態は違う!だから、日本の労働力・人手不足を補う目的だと言っちゃおう!と。そして、日本人と同等の待遇をせよ、それに加えて生活に困らぬよう保護し支援せよ、ということのようです。

これで「平等」、ということなのでしょうか。技能実習制度の悪い例はたくさんあげられましたが、まともにやっている企業さんの立場ないですよね。また我々のように、その趣旨通りにやりたい!と願っても、力も金もなければ導入不可、というのも残念すぎます。

何か大切なものを置き忘れ、利害だけの関係になってしまうと社会はどうなるのか、日本人は日本人同士で既に学習してきたと思っていましたが…。
どうも、この「特定技能」制度の趣旨には賛同することができません。実際、導入している会社は少なく、労働者として安易に外国人を雇うことに抵抗がある会社はまだまだ多いと思います。

制度の趣旨に賛同できない=やらない、といった白か黒かではなく、正しくないことを少しでも食い止め、正しく活用するためにはどうするか…。そもそも自分達の目的は何か。そこを踏まえて、活用するにはどうするかを考えてみました。

この新たな「特定技能」の在留資格により、短期的にしか行えなかった体験学習を実務を通じ実践で長期的に積むことができる有用な制度と捉えてはどうかと。もちろん、本人にもしっかり説明と理由、背景を伝えることは大前提です。

これまで同様、厳しい環境下でも"本気で人々や地域、国に貢献できる自分"を目指して頑張れる若者を対象に学習機会を提供することは継続します。そして、次の目標を日本語留学として、現地法人や陽月堂と協働で援助。そこから適性を考え実務経験が積めるチャンスとして、新たな特定技能制度が活用できると考えています。

陽月堂は、技術や技能を身につけ、同時に日本から感謝されるようなミャンマー人が一人でも多く増えることを願い、外国人と企業の両方を支える役割を担う『登録支援機関』として法務省に登録しています。この制度の活用に欠かせない機関を担います。

また、陽月堂は、ミャンマー人技能実習生を雇用中の企業さんにも協力し、日本で働くミャンマーの若者のサポート事業も行い始めました。

近い将来、彼らが自立を果たし、支援物資の手渡しを基本に行ってきた当団体の支援事業が本当に不要になることを願い、同時に、それまで培われていく日本との深い絆が、我々日本人の次の世代に繋がっていくことを心から願って、この事業を引き続き推進していきたいと考えています。

互いの特性や得意なことを活かし合いながら、互いの国を尊重しあい、同じ仲間として協働することができてはじめて、これまでの自立人道支援が実を結んだと言えるのではないでしょうか。

2020年1月26日日曜日

令和元年9月 スリランカへ車いすを届けようレポート(酒井)

2014年からスリランカへ車いすを届けはじめ、再び16台の車いすが手元にありながら数年がたち、今年こそは届けたいという想いで皆様の多大なるご協力のもと届けることができました。

スリランカいつ行くの? いけないけど準備はどうする?など皆様のお声掛けや輸送にあたっての梱包や資材集め、車いすの修理等、また、総額285,511円の寄付金を頂き皆様のご協力があってこそ実現いたしました。本当にありがとうございました。
 
今回、亜弥迦さん、ウィンさん、私を含め6名で渡航いたしました。参加数はすくなく少数精鋭?とはいきませんが、自分たちの実力でできることを一生懸命にするということに集中できました。支援物資つくりも現地のスタッフと協力し言語は通じなくともこういう時は不思議と一体感があり楽しいものです。

スリランカ国立コロンボ病院の整形外科病棟では、ヤシの木からの転落、交通事故の患者さんが入院しており車いすが必要な患者さんに直接お渡しすることができました。患者のベッドの横に車いすを持っていくと、その患者さんは何度も手お合わせ、そして動かない身体で腕を伸ばしベッドの横に置かれた車いすを撫でて握り離しませんでした。どれだけ車いすを必要としていることか。脊髄損傷の場合は、車いすがなければ寝たきりになってしまいます。

車いすに乗り身体を起こせるだけでも見える風景が変わります。日本では、当たり前のように車いすがありますが、まだまだ厳しいスリランカの現実です。

また、村の病院では、コンクリートの建物ですが、柱と背の低いついたての様な壁で窓はなく日本では考えられないような作りです。しかし、その病院はスリランカの無償診療病院の中で優秀な病院として表彰されたそうです。

院長は、患者さんに対してとても熱心で一生懸命な方で、英語の説明で意味は理解できなくとも、やさしさと温かさと強さと人柄が伝わってきました。また、スタッフの方々の笑顔も素敵で、同じ医療に携わる者として日本の医療は目覚ましい発展を遂げていますが、医療者も患者さんもとても大切な人の心の何かを忘れてしまっているように思えました。

スブーティ・セアロ師は、国内外で様々な活動をされ病院内においても必要な患者さんに必要な物資が渡るようシステム化されていました。学習センターにも沢山の医療機器がありましたが、型が古かったり、部品が不足しているため渡せないものもあるそうです。

私どもの車いすも現地で開けてみると不具合が出ていた車いすもあり修理いたしました。不具合があれば、すぐに患者さんに渡すこともできないですし、現地のスタッフの負担にもなります。

セアロ師の言われる【手から手へ】最後まで見届ける大切さ奥深さを改めて学びました。見ようによっては、無駄な手間や費用だったりするかもしれません。しかし、頭でわかったつもりになっていることも、現地に行くとその国の現状や現場を身をもって知ることができ次に生かせるでしょう。日本は便利で郵便・荷物は自宅まで届けてくれる当たり前のことが国々の事情により当たり前でないことにも気づかされます。

学習センターには、以前から学習センターの修繕に関わった方など今までスリランカに渡航し
た様々な日本人メンバーの記念写真が飾られています。

今回その写真を眺めた時、今までにない思いが湧き出てきました。その写真は、セアロ師と亜弥迦さんの地道な活動、今までの人とのつながり、それは、個々の人のつながりだけでなく1人1人の努力や行動がつながり今の学習センターがありこれまでの歴史の重み、一人ひとりのつながりを物語っているようでした。

今日こうしてスリランカに来られるのも、今までにCEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの活動があってお一人お一人の活動があって、今回スリランカへ車いすを届けることができたことに、ただ、ただ、感謝の想いです。

ありがとうございました。

2020年1月20日月曜日

第17期 スリランカ人道支援9月

事業種: 人道支援事業
事業名: 2019年9月 スリランカ人道支援 
開催日: 2019年9月12日~2019年9月17日
従業者: 8名
受益者: (訪問先参照)
レポート: (1) (2)


 事業内容:
支援・訪問先:
  1. スリランカ・KGH活動センター(ベルワラ村)
  2. 国立コロンボ総合病院(Hospital Service Council )
主な事業内容:
  • 地元の協力団体(Hospital Service Council)からの要請により、第3回目となる「スリランカに車いすを届けよう」プロジェクトを実施。当団体の担当スタッフが呼びかけ、中古車いす回収・修繕・整備を行い、日本から6名が参加協力し現地に届けることができた。国から無償で医療を受けることができても、薬や治療代、退院後も継続した治療や障害が残った場合は自費負担であるため、保障を受けることができない貧困層に対し、16代の車いすの提供を行った。同時に、長期入院中の子ども達等を見舞い、おもちゃや衛生用品を配布した。
  • 現地のHospital Service Councilでは、集めた医療器具や生活用品等の寄付物品を管理するシステムを構築しており、病棟ごとに病院の責任者が各患者の病状や生活状況、必要とする物品を医者の同意を得てリクエストを出し、それに応じてボランティアスタッフが配布・寄付する、という流れができていた。日本からの車いすをきっかけに、日本以外で、オーストラリア、イギリス、カナダ、アメリカなどの国からも医療器具の中古品~衣類まで貧困層の治療を行う病院で活用できるものを中心に寄付物品がコンテナ単位で送られてくるネットワークも構築され、スリランカ人はそれらを修理したりきれいに掃除して、必要な人に必要な分だけ手渡しで届けるという活動に広がっていた。我々の活動に影響されて実施するようになった、と現地団体代表の僧侶が、今回の参加者にこれまでの活動記録写真をみせながらお話して下さり、小規模で地道な活動が大きく活かされ感慨深くお話を伺った。



     収支報告:

    事業予算 <レート \1=Rs1.602>

    スリランカ人道支援
    Shihasara F. 活動センター
    Hospital Service Councilへ

    車いす運搬(別送/超過運賃)
    車いす事業運営
    \309883

     \386,940
    \232,680
    合計\929,503

    令和元年9月 スリランカ・車いすを届けようレポート(WIn)

    昨年9月に実施した、スリランカのプロジェクトですが、活動報告が大変遅くなりました。訪問直後に、ウィンさんが自身のブログにレポートをアップしていましたので、ほぼ原文のままこちらに転記させて頂きました。
    会計報告はこちら


    先日、スリランカに「車いすを届けよう」のプロジェクトのために、7人の皆さんと共に行ってまいりました。

    10年前、初めて私が3人のミャンマー人の仲間と日本人の皆さんと共に研修をさせて頂いたスリランカのセンターです。
    たしか、5年ぐらい前に車いすを持って、皆さんと一緒に来させて頂いていましたが、今回は到着してから10年前の自分の研修を思い出していました。
    よく、スリランカの研修が厳しかった事を笑い話ですることはありますが、実際にはセンターや皆さんとの関わり、一生懸命勉強したことを思い出すことはあまりありませんでした。

    しかし、現地のスブーティセアロが、日本のセアロや亜弥迦さん、私たちと出会われ、本当の奉仕を学んだとおっしゃり、現在、スリランカだけではなく世界中で中古の医療器具等をドネーションしてもらい、貧しい人たちに届ける活動をされていらっしゃいました。

    センターの中も、ドネーションしてもらった物がいっぱいです。私たちが研修中に日本人の皆さん、大工さん達と直し始めた建物も、とてもきれいになって完成されました。今回、そのオープンセレモニーをやりたいとおっしゃって、私たちの訪問に合わせてスリランカの皆さんも集まって下さいました。

    研修の時は、ボロボロの建物で、何もなくて階段だけを皆さんと作ったのを覚えています。それが、立派にスリランカ人の手で完成して、海外からドネーションを集め、ちゃんと直したりきれいにする活動を地元の皆さんがやって、必要な人に届ける、という事をされているのです。
    これが、2009年に来た時の倉庫?のようなお化け屋敷のような建物です。2010年1月に、皆さんが来て下さり、倉庫を解体して、壁を直して階段を取り付けた時の写真です。
    それが、こんなにきれいになり、建物には、「ガユーナ・セアロワークショップ」という看板がつけられていました。ドアも立派な木製です。これは、このセンターの庭にあったジャックフルーツの木を使って、地元の大工さん達につくってもらったそうです。

    中には、私たちが研修したり、修繕した時の写真があちこちに貼られていました。2階もできあがっており、床も全て庭の木ですが、とても上部で立派な木製です。まだ、これから2階に重たい物を上げられるように、クレーンをつけるそうです。
    車いすや、他のDonationのものは、コロンボの総合病院と、もう1カ所センターから近くの小さな病院に届けて参りました。小さな病院は、自力で運営されており、国からも奉仕をしている素晴らしい病院として何度も表彰され、建物も建ててもらえることになったそうです。しかし、薬や道具がほとんどありませんので、とても喜ばれていました。
    さらに、センターでは、何千本もシナモンの木が植えられていて、スブーティセアロは、シナモンのプロジェクトをやる、とおっしゃっていました。今は雨の多い時期なのでまだ早いそうですが、私たちの訪問に合わせて、プロジェクトのメンバーが来て下さいました。

    少し湿気たままでしたが問題なく持帰れたのですが、日本に戻るとあまり匂いがしませんでした。しかし、山地で食品乾燥機でしっかり乾かして粉にしてみると、ものすご~~く良い香りになりました。
    上のオレンジシャツが私ですが、10年前はこんなにガリガリで、小さかったなあと思います。セアロもお元気で、私たちに直接いろいろと教えて下さった事を思い出します。

    実は、今、ミャンマーの技能実習生の子達の教育指導の仕事を頂いていて、スリランカに来る直前に、色々と問題があり、仕事を受け続けるかどうか、考えさせられることがありました。

    すっきりしない気持ちでスリランカにきましたが、「原点」を思い出し、やはり、正しくないこと、自分が納得できないことは出来ないし、正しくない相手には、堂々と断るということもやらなければいけないと決めて日本に戻ってくることが出来ました。

    また一歩ずつ地道に歩んでいけば、きっとよいご縁に繋がると思ってやり続けたいと思います。